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管理人からのメッセージ

 ソキウス管理人の野村です。最近ジンメル研究会で意気投合した北海学園大学の犬飼裕一さんから、書いたばかりの書評を見せていただきました。2004年に話題だった『反社会学講座』の書評です。この本については、ほめていれば無難であろうというような、勝ち馬に乗る媚びたコメントばかりで、何か骨のあるような反応を見たことがありませんでしたので、とても新鮮に感じました。この本を読みながら感じた違和感が何であったのかもよくわかりました。大学の紀要か何かに載るようですが、どうせならネットで公開してみたらおもしろかろうということになり、ソキウス上にゲストコーナーを期間限定で特設して、公開してみることにしました。
 なお、念のためお断りしておきますが、犬を飼っているからといって、野村のペンネームではありませんので、くれぐれも誤解なきようにお願いします。したがって、野村のほうに議論を振らないように。犬飼さんの論文は、たとえば『ゲオルク・ジンメルと社会学』(世界思想社)などで読むことができます。犬飼さんは「日本人論の知識社会学」や「 自己言及論」の研究者です。アイロニカルな文章なので、はや読みするとニュアンスを汲み取れないことがありそうです。よく噛み締めながらお読みください。(2005年1月21日・野村一夫)

【追加情報】「にせ外国人の社会学」が公式の印刷物になりました。掲載誌は『北海学園大学学園論集』第123号(2005年3月)(1)-(15)ページ。



にせ外国人の社会学
パオロ・マッツァリーノ著『反社会学講座』
(イースト・プレス2004年)

犬飼裕一

「我々は顔を知らずに他の人と附き合うことが出来る。手紙、伝言等の言語的表現がその媒介をして呉れる。然しその場合にはただ相手の顔を知らないだけであって、相手に顔がないと思っているのではない。多くの場合には言語の表現せられた相手の態度から、或は文字に於ける表情から、無意識的に相手の顔が想像せられている。それは通例極めて漠然としたものであるが、それでも直接逢った時に予期との合不号をはっきりと感じさせるほどの力強いものである。」(和辻哲郎「面とペルソナ」)

目次

1はじめに、ひとつの感慨
2伝統を継ぐもの?
3権威としての「社会学」
4自己言及へのきっかけ
5別の読み方

1はじめに、ひとつの感慨

「反社会学の目的は二つです。
第一に、社会学という学問が暴走している現状を批判すること。
第二に、不当な常識・一方的な道徳・不条理な世間体から人間の尊厳を守ること。」
(マッツァリーノ『反社会学講座』、カバー見返しの文章)

パオロ・マッツァリーノ著『反社会学講座』は、その内容自体というよりも成立の条件において高度に社会学的な書物であるといえる。ひどく抽象的な物言いになるが、特定の形の言説が成り立ち、共有され、再生産されていく過程には、それぞれの言説に固有の構造が観察できるからである。「反社会学講座」というタイトルは、すでに「社会学」という学問名を含んでいる。社会学はしばしば社会的に共有された言説や思想や知識を対象にして研究を進めるが、当然、括弧入りの「社会学」自体もまた自分自身から逃れられないはずである。「社会学の社会学」という言い方があるように、社会学は社会学そのものを素材として再生産されていくという、一見奇妙な性質をもっている。ただし、この奇妙さ自体もまた社会学的に考察することが可能なのである。合わせ鏡を覗き込むように、社会学は内部で相互循環し、循環が連鎖し、しばしば自己産出される。別の言い方をするならば、社会学はその内部で自分自身を言及・自己言及しあって食いつないでいる言説世界であるということもできる。社会学には、その外部に確固とした対象がないからである。この点は、経済学に「経済」が、法学に「法」がはじめから与えられているのとは異なっている。社会学には、まったく頼りない概念として、「社会」が残されているだけだからである。

そんな「社会学」に対面して「反社会学講座」というタイトルの本が刊行されることは、それ自体としてかなりの知的緊張感を含んでいる。しかも、世に流布する「社会学」がどのような社会背景によって成り立っているのかを論じているという点で、「社会学の社会学」の一種であると考えることもできる。ただし、この本の著者の流儀を借りてさらに考えていくと、ここで登場した「反社会学講座」という名の「社会学」自体が、やはり特定の形の社会的背景を見事に反映していることに思い至る。

ゴミ集積所にたむろするカラスを見て「不快だ」と考えたり、有名な料理人が腕を振るった料理を食べて「おいしい」といったりするのが、普通の人間の認識活動であるとするのならば、社会学はそんな人間の認識活動の成立条件そのものを問題にする。歴史的背景や、経済的諸条件、さらには文化的な独自性や特殊性といった問題が、カラスや料理をめぐっていろいろ語られるわけである。それを「社会学的想像力」と呼べば言葉は美しい。しかし、普通の人間の認識活動を離れてしまった以上、自分自身もまた「別の離れ方」の側からの「社会学的想像力」にさらされる責任を負わなければならない。括弧つきの「社会学」は、当然「反社会学講座」の対象にならなければならない。ただし、「反社会学講座」自体もまた社会学の想像力をかきたてるのである。

この意味で、本稿は、社会学の社会学の社会学にあたるということになる。

2伝統を継ぐもの?

日本の言論界には、外国人に変身して現在の日本社会について苦言を呈するという伝統がある。面白い伝統である。面白い伝統があると、それについて原因を探求したくなるものである。なぜなのだろうか?おそらく日本人が日本人や日本社会について何かをいうのと、外国人が同じことを言う場合との間に、何らかの違いが生じているのだろう。もしもそうならば、これもまた面白い現象である。

ただし、「変身」を取り扱う場合には、ひとつ重大な困難がつきまとっている。それは、ある人物の正体が別の人物であると立証することが難しいということである。そもそも誰の眼にも明らかな形で変名が通用しているのならば、ここで問題にしている「変身」は無意味だからである。このため実名と筆名がともに知られている作家の場合はここでは問題にならない(たとえば、筆名「夏目漱石」と本名「夏目金之助」の関係)。問題なのは、どこかに実在する誰かが別の固有名を使って特定の型の属性に変身している場合である。

誰もがどこかで聞いたことのある実例は、イザヤ・ベンダサンであろう。「日本生まれのユダヤ人」であるとのことで、ユダヤ教やキリスト教について該博な知識を駆使して世事万端について健筆を振るう。代表作は、『日本人とユダヤ人』。機知に富んだ文章は読者を飽きさせず、「外国人から見た日本」を見事に印象づけたのは間違いない。興味をそそるのは、ベンダサンには専属の「翻訳者」がついていることである。それが山本七平であった。原作者と訳者はぴったりと寄り添い、不可分の関係が続いていると、次第に両者の区別をつけるのが難しくなってくる。呼吸はぴったりとそろい、誰の眼にも明らかな蜜月関係が「論壇」に登場した。そして、どこからか「ベンダサンは実在しない!」という悪い噂が広まる。ついには根拠となる文献を詳細に跡付け、ベンダサンの実在を否定する文献まで登場するにいたった。ベンダサンの正体は「訳者」であると自称する山本七平自身だ!というわけである。

ただし、この場合重要なのは、「イザヤ・ベンダサン」が実在するか否かという問題ではない。むしろ山本七平がなぜベンダサンの本を訳さなければならなかったのということの方が興味をそそるのである。変身があったなのならば、変身の理由はどこにあるのか。「にせユダヤ人」が「贋物」であるのならば、山本七平はなんでそんなことをしたのか。もちろん、この問いに対して正答を出すことは不可能である。そもそも「犯人」とされる山本七平自身がすでに故人である。しかも、当人は正体が露見することを大して気にとめてもいなかった可能性がある。その上、当人自身が面識のある人々に度々「真相」を暴露していたとのことである。山本にとって「ベンダサン」の真否はどうでもよいことだったのだろう。元来、作者が本名で著作を発表するのが「本流」であるとするならば、筆名を使ったり、外国人に変身したりすることは「傍流」といえるだろう。それならば、あえて傍流を選択する理由には、本流に対する違和感や差異意識が関係してくることが想像できる。もちろん、こんなことは当人しか知らない意思の問題である。しかも、当人の意思もまた長い期間を通じて一貫していたとは言い切れない。

そんな、いうならば「いいかげん」なことを、額面どおり「いいかげん」であると論じるのが通常の認識活動であるとしよう。これに対して、社会学は「いいかげん」であることを括弧に入れて、「いいかげん」であることをめぐって活動する人々の「社会」を問題にする。この点で「イザヤ・ベンダサン」をめぐる「いいかげん」さもまた社会的背景の下に置かれていることが見えてくるわけである。

それは、「にせ外国人が語る日本の物語」とでも名づけるべき言説世界であった。この世界では、日本人の山本七平がユダヤ人のイザヤ・ベンダサンに変身することで、両者の間の違いを際立たせる結果となった。つまり、日本人の山本七平が語る場合の「日本」と、ユダヤ人のイザヤ・ベンダサンが語る「日本」の間に差異が生まれていることが想像できるのである。逆に言えば、日本の言論界においては「外国人」の言説と「日本人」の言説の間に何らかの有意味な格差が生じていたように思われるのである。どのように評価するにせよ、ともかくも格差がなければ、わざわざ「にせ外国人」に変身するなどという酔狂なことをする人物はいないに違いない。何よりも興味をそそられるのは、まさにこの格差の問題なのである。

「外国人」の言説と「日本人」の言説の差異は、さらに他の事例を考えていくとさらに興味をそそる。ここでの主人公「パオロ・マッツァリーノ」という著者名もまた、大いに疑わしいということをここで付け加えておこう。カバーの見返しに印刷された著者紹介によると、

「イタリア生まれの30代。天然パーマでひげもじゃです。父は寡黙な九州男児、母は陽気な花売り娘でした。父はマッツァリーノ家の婿養子になりました。父の仕事の関係で、幼い頃から世界中を転々としました。父の仕事は家族にも知らされておらず、いまだに謎のままです。深夜に出掛けることが多かったので、スパイか、マクドナルドの店舗清掃員だと思います。マッツァリーノ家の女性はみな骨太で、母も予想に違わず、出産後に炭水化物の食べ過ぎで激太りしました。私は現在、千葉県の幕張に住み、講師の仕事の他に、立ち食いそばのバイトをやっています。将来はフランチャイズで独立希望です。」

とある。著者の自己申告を信じるのか信じないのかは、結局のところは読者の判断である。山本七平が「イザヤ・ベンダサン」の「訳者」ではなくて当人自身なのだという判断も、究極的には実証できるものではないのと同じである。

他方で、「パオロ・マッツァリーノ」という自称「イタリア人」が登場する場合も、「イザヤ・ベンダサン」と同様の事情や意図が推測できるのではなかろうか。ここでも、やはり「日本人」ではなくて「外国人」であることによって、より可能になる何らかの目的が意図されているはずである。

変身や仮面は、しばしば権威や権力への挑戦者の存在を暗示する。当人自身よりも強力な権力や影響力の高い権威が実在し、それらが上から押し付けてくる常識や道徳や世間体が不動のものであればあるほど、時に挑戦者は実名を消滅させようとする。古い時代においては、架空の筆名による権力批判が命がけの政治行為であったこともある。また特定の形の社会的名声を確立した人物が、本来の守備範囲ではない領域で発言する場合にも、やはり架空の筆名を用いることがある。

ただし、「ベンダサン」や「マッツァリーノ」の場合は、もっと別の要因を含んでいると考えることもできる。これらは共通して真剣に実名を秘匿しようとしているわけではない。秘匿することが目的ならば、もっと「バレない」方策を用いるはずである。そのための方策ならばいくらでもあるだろう。単に別の人物になりすますだけならば、「別の日本人」に化ければよいわけである(例えば、千葉県の幕張に住み、講師の仕事をする「伊藤博文」という名前の人物が、キリスト教関係の書物を取り扱う書店の店主「大久保利通」という筆名を使うならば、本稿で後々論じるいろいろな状況は生じないで済んでいたはずである)。

非常にあいまいな根拠による物言いになるが、両者とも本気で読者から自分の正体を隠し通そうという意図が見えてこない。そもそも「ユダヤ人」や「イタリア人」といった外国人に変身しようとするにしては、これらの「ユダヤ人」や「イタリア人」が書く文章は、あまりにも日本的なレトリック文化――いわゆる「エッセイ」や「評論」と呼ばれているもの――に特化しすぎているのである。「ユダヤ人」や「イタリア人」が属するヨーロッパ式の文章様式(論文の書き方他)を見慣れた人物が読んだ場合、『日本人とユダヤ人』や『反社会学講座』がそれとは違う伝統に属する文献であることはすぐにわかるはずである。しかも、この点において両者は何らかの偽装を行うことすら試みていないように思われる。はじめからそんな意図はないのだろう。

結論としていえることは、両方には共通して冗談が含まれていることである。しかもその冗談は、主題として取り扱われている対象に向けた嘲笑につながっているのである。

3権威としての「社会学」

『反社会学講座』を一読して素朴に抱く印象は、「社会学」という学問の地位変化である。「社会学という学問が暴走している現状を批判すること」を課題に掲げる本が存在するためには、「社会学」という学問がある程度以上の影響力を保っていなければならない。権威に反抗したり対抗したりする勢力が登場することは、反抗されたり対抗されたりする側の権威を保証することでもある。「社会学」が取るに足らない無意味な学問で、好事家の趣味の域を出るものでなければ、「反社会学」を掲げる人物は登場しないはずである。

個人的な見解を許されるならば、この本の出現によって、「社会学」というのもずいぶんと偉くなったものである、との印象を抱いたことをここに記しておきたい。社会学は、少なくともこの本の著者にとっては一つの立派な権威なのである。

このことは、社会学という学問の成立からその後の展開を知る者にとっては印象深い現象である。「社会学」は、歴史学や法学や経済学といった古くからある人文・社会科学の境界線上に、かなり怪しげな新事業として始まった。そもそも大学の正規の講座として自立するのが遅れている。現に、「文学部」の一部門として、心理学や人類学といった兄弟学問と一括して扱われていることが多い。やはり心理学や人類学と同様に特定の固有領域を持たず、他の学問に連字符で接続した領域をたくさん抱えている。「教育=心理学」や「経済=人類学」が活躍する一方で、「法=社会学」や「政治=社会学」、さらには「家族=社会学」や「都市=社会学」や「宗教=社会学」といった分野もまた活動の領域を確保してきたわけである。

他方で既存の学問に対する批判というのも社会学の得意分野であったということを言い添えておいてもよいだろう。経済学が経済的利潤の極大化や既存の経済体制の円滑な運営を追求し、法学が実定法の水も漏らさぬ支配を願い、教育学が学力の向上と学校制度の一層の整備を当然視する一方で、これらの常識に対して別の視点から考察する可能性が存在することは決して悪いことではない。善悪価値判断を度外視するとしても、ありうる選択ではある。

一種の「隙間産業」あるいは「ニッチ」「残余範疇」、さらには権威に対する批判者とみなされてきた社会学自体が、「権威」となるにはそれに応じた社会的諸条件が呼応しているはずである。隙間やニッチが権威になるためには、権威として承認されるための方策がなくてはならない。今風の言い方を用いるならば、戦略と呼んでもよいだろう。この本の著者の考えによると、「社会学」が選んだ戦略は一定数の人々が日ごろから抱いている素朴な社会意識に対して学問らしい外見を与えることである。さしたる根拠があるわけではないが、人々がなんとなく漠然と抱いている義憤や憎しみや懐古の念や正義感に訴えかけるものがあると、マスコミの世界では存在を容認されるというわけである。

まずこの本の冒頭に登場する「社会学者の一般的な研究方法」(一〇頁以下)を一瞥すると、ここで登場する「社会学」という学問がどのような社会的役割(機能)を果たしているのかがおおよそ把握できる。

著者が行う配列どおりにまとめていくと、まず、1.個人的な敵意の対象の発見、2.敵意の対象と一般的な社会問題の接合、3.自分の関心に好都合なデータの収集、4.収集したデータの恣意的な改竄、5.海外事例の引用、6.論文ではなくて本を書くこと、7.マスコミの利用と蓄財。というわけで、勝手な個人的感情が全国規模のマスコミ論調に拡大していく様子を跡付けようとしている。

ただし、著者マッツァリーノには申し訳ないのだが、論理展開を逆にするともっと大切なことが見えてくる。つまり、マスコミに登場して富と社会的影響力を誇っている「社会学者」が誇示する「科学」というのは、個人的な感情による社会問題へのこじつけでしかなく、補強に使われるデータの類も恣意的に選ばれ、しかも改竄されているというわけである。言い換えれば、マスコミでの名声や影響力、さらには権威を手に入れたい人々は、そのための手段として、学問とは呼べないような恣意的な手続きで、いい加減な言説を生産しているに過ぎないということになる。著者が「お気楽社会学研究の問題点」と呼ぶものの内実は、

「社会学は非科学的な学問なのです。他の学問では「こじつけ」と非難される論説も、社会学では「社会学的想像力に富んでいる」と称揚されます。

それでも非難されることが少ないのは、社会学という学問がカバーする領域がめちゃくちゃ広いせいでもあります。政治、経済、家族、労働、教育、統計、余暇、健康、なんでもアリ、なのです。毎年、新たな専攻分野が登場し、百花繚乱の趣です。「教育経済社会学」とか「テレビゲーム社会学」とか。自分で名乗りをあげれば、またたく間にその分野で第一人者になれるのが、なによりの魅力です。」(一三頁)

というわけで、一言で要約すれば、社会学とは各々の自分勝手な主張を根拠づけるための疑似科学の集合体ということになりそうである。それによって得られるものは、昔風の用語法では「権威」とは呼べないような知名度や注目度と影響力の一時の高まりに過ぎないのかもしれない。権威が権威であるのは、多くの人々がその正当性を承認し、疑問を抱かないことによって成立する。ところが、「社会学」の場合にはそれを消費する多くの人々が「うさんくさい」と感じており、まじめに信頼するに足らないと考えていることが想像できる、というわけである。うさんくささの第一の根拠は、著者マッツァリーノによると、「社会学」が社会問題そのものの製造――捏造、でっち上げ――に手を染めていることにある。

「社会に問題がないと、社会学は存在価値を失います。ですから社会学者は自分で問題を捏造し、それを分析、処方箋まで書いてしまうのです。古株の新聞記者ならこれを、マッチポンプと呼ぶでしょう。自らマッチで火をつけて、自らポンプで水をかけて消すことをいいます。死語になってしまった言葉ですが、これに代わる適当な表現が見当たりません。火ないところに煙を立てる、というのもちょっと古い表現ですし。

労働感や家族のスタイル、人生設計などは一〇〇人いれば一〇〇通りの考え方があり、異なる理想像が存在します。人間の生き方や家族のあり方に、標準値や偏差値は存在しないのです。それなのに、勝手にアンケート調査を行い、むりやりデータ処理にかけ、人生の正解や理想社会の青写真を作り、そこからはずれたものを批判し、社会問題に仕立て上げる。社会学者の手にかかれば、どんなささいなことでも国家を滅ぼす社会問題と化します。

こんな適当でお気楽な学問を、科学的だと主張し給料をもらっている社会学者が何万人もいます。国立大学の教員の給料は、国民の税金です。私立大学は助成金という形で国からお金をもらっていますから、私立大学の教員の給料も、一部は国民の税金です。財政危機が叫ばれる折り、無用な社会学者がこれ以上増えることこそ、社会問題なのです。」(一五−一六頁)

マッチポンプに、勝手な社会良識の自称者。そして、「税金泥棒」。社会問題を云々する社会学者自身の存在こそが社会問題だ、というわけである。こうしてみてみると、「社会学」というのはかなりの悪者であるということになる。ただ、同じ悪者といっても社会秩序や一般的な道徳律――殺人や窃盗の禁止といった道徳――に真っ向から挑戦するといった形の悪者ではなくて、すでに出来上がった常識や広く受け入れられた通念におもねる形をとっている。言葉を変えれば、通念や常識を批判するのではなくて、通念や常識に添う形で「社会問題」をこしらえる役割を果たしているというわけである。

「社会学」は、特定の勢力をもった人々が「けしからん」と考える現象について、何らかの形の「原因」を見つけ出すのに長けている。たとえば「少子化は困ったことだ」という判断を下す人々と、「フリーターはけしからん」あるいは「不真面目な連中だ!」という判断を下す人々の立場を接合するのがその仕事である。結果として「社会学者」は、種々の調査や分析で粉飾を重ね、次のように主張するのだというわけである。

「フリーターの増加と少子化は明白な相関関係にある。したがって、怠けている若者を真面目に働かせることが、日本社会再生のカギとなることは言をまたない」(一二頁)

論点先取という言葉があるように、この場合も、「怠けている若者(フリーター)はけしからん」という判断が先行しており、その解決策は「真面目に働かせること」であるというのも、わざわざ社会学者の「調査」や「分析」を必要とするものではない。そして「日本社会再生」の中身がいったい何なのかということはそれ自体として大問題であるとしても、総論としてこれに反対する人などほとんどいないだろう。簡単に言ってしまえば、この場合の「社会学者」は、人々が漠然と感じている「相関関係」に、「明白な」という形容詞を追加しているにすぎない。これでは、たしかに「科学」として、あるいは「学問」としてたいして自慢のできる成果とはいえないだろう。

ところが、このような悪しき性質をもった「社会学」というのは、結局のところ「無責任なマスコミ言説」と呼ばれてきたものとたいして変わらないというのも事実である。言い古されたマスコミ批判が指摘してきたのがこれである。マスコミは、特定の型の常識や価値判断を拡大再生産し、熱に浮かされたような流行を産み出しては、何事もなかったかのように次の話題に移動していく。好戦的な態度で軍国世論を演出していた新聞が、敗戦と同時に平和の番人を気取るというわけである。そもそも、マスコミの社会的影響力が大きくなるよりもはるか以前から、権力にはそれにおもねることをいう人物が付随していた。「イエスマン」や「タイコモチ」、「茶坊主」といった、どちらかといえば蔑称にあたる表現がどこの国の辞書にも載っているように、権力と、権力を正当化する言説は、どこでも常に車の両輪のように併走してきたわけである。古典落語に登場するドジなタイコモチと同じで、酔った旦那が「あのカラスは白いねえ!」といえば、「雪よりも白う御座います!」と真顔で絶叫するのが、「社会学」の役目ということになる。

先に「社会学」が一種の権威として批判されるようになったことに対する個人的な感慨を記しておいた。偉くなった!というのはおそらく確かであろう。ただしそれは学問として、科学として大きな実績をあげることで権威を確立したというのではなくて、社会に流通する普通の常識に寄り添う形で影響力を確保しているというのが実態に近いのだろう。こんなことばかりをしているだけならば、マッツァリーノが主張するように、「適当でお気楽な学問」、あるいは「税金泥棒」といって非難されても反論は難しいにちがいない。

ただし、マッツァリーノの主張に別の角度からの論点を付け加えておくことが必要である。それは、この場合、他にも多数存在するマスコミ言説の中から、あえて「社会学」を、おびただしいマスコミ知名人の中から「社会学者」を、特別に切り離して論じる理由がなかなか見つからないということである。

仮に、特定の「社会学者」やその集団が悪者であり、みすぼらしい追従者であるとしても、同種の罪を犯している人間は別段珍しいわけではない。この人物の非難対象として並み居る悪者群の中から特別に選び出されるためには、何らかの原因がなければならないはずである。それもよりによって「社会学」と「社会学者」などという大した力も持たない小物だけが選抜の栄誉に浴している理由である。この問題は、実は、著者マッツァリーノ自身がこの本の中で展開する「社会学」とも呼応しあっているのである。

4自己言及へのきっかけ

回りくどい議論を後回しにして結論だけを書いておくと、著者マッツァリーノは「社会学」に対して特別な思い入れを抱いている。勝手な推測を付け加えさせていただくと、マッツァリーノは、おそらく「社会学者」である。このように考えると、この著者が「イザヤ・ベンダサン」の後継者になった原因も、社会にわんさと生息する小悪党の群から「社会学」を選び出した原因も理解しやすいし、説明としても無理がないのではなかろうか。少なくとも、この人にとって「社会学」や特定の「社会学者」たちは権威なのである。自分の頭上に特定の形の権威が覆い被さっており、特定の問題について批判を行うことにより、権威の側から懲罰が行われることが予想されるか、あるいは広く行き渡ったタブーに抵触すると思われている。この場合、懲罰が本当に実行されるのか否かというのは、たいした問題ではない。権威や権力が成立する条件は、何よりもそれらを受け容れている人々が、懲罰の可能性を信じていることにある。実際の懲罰などは、ほとんど実行されなくとも可能性が信じられているならば権威と権力は維持されていくのである。

本稿では、先に普通の人間の認識活動と社会学の認識活動の違いについて少し論じてきた。例えば、車の運転を覚えたいと思っている人は自動車教習所に行く。そこでは自動車の操縦の仕方について具体的に教えてくれる。機械としての自動車について知りたければ、自動車工学を勉強するか、自動車メーカーに問い合わせればよい。ただし、「自動車」には自動車教習所や自動車会社が担当するのとは別の側面もある。経済的な側面や環境問題との関係は当然として、さらには社会的地位を表示するものとしての性格もある。その側面がなければ、いわゆる「高級車」を高い金を出して買う人などいないはずである。この場合、乗り物や機械としての自動車以外の側面について、あえて光を当てるのが社会学の認識活動である。そもそも、社会的威信や地位表示、見せびらかしといった事柄は古くから社会学の得意領域であった。

ただし、通常とは異なった形の認識活動をすることを掲げた以上は、通常とは異なった形の認識をされる義務と責任も発生する。自分が変格技を使った以上、相手にそれを禁じることはできない。現に、経済学の場合は、「それは経済学の問題ではない」といって相手の論点を排除することができるが、社会学の場合には不可能なのである。患者の治療に専念する医師に向かって、医学の社会的機能を云々するのは筋違いだが、医学の社会的機能を論じる社会学者に「視野の狭さ」や「イデオロギー性」を指摘するのは正当なのである。自分が飛ばしたブーメランが一周して再び戻ってくるわけである。

マッツァリーノの『反社会学講座』を読む楽しみの過半はここにある。それはマッツァリーノが展開する「社会学」を、マッツァリーノ自身の視点から眺める楽しみである。言い方を変えると、『反社会学講座』を、それ自身に自己言及させることである。

この本について何よりも注目したいのは、マッツァリーノがデータ収集・分析や統計処理といった通常、「社会学」の基礎とされる領域に対して驚くほどの関心を抱いていることである。いかがわしい「社会学者」が言いふらす常識や判断や処方箋を打ち破るためにずいぶんと骨を折っている。その態度は良心的な実証家のものである。半面で、あるいはそうであるからこそなのか、この本にも次から次へとグラフや図表が登場する。この点は、実際、「社会学」に似ている。しかも、世に流布する常識の類がいかに事実に反しているのか、ということを自慢げに「論証」してみせる手法など、「社会学」以外の何者にも似ていないと断言できるくらいである。

先に、本稿ではこの著者が「社会学」の仕組みとして非難する論点を整理しておいた。ここで再び思い出していただきたい。それは、1.個人的な敵意の対象の発見、2.敵意の対象と一般的な社会問題の接合、3.自分の関心に好都合なデータの収集、4.収集したデータの恣意的な改竄、5.海外事例の引用、6.論文ではなくて本を書くこと、7.マスコミの利用と蓄財、という流れであった。

まず目を引くのは、実質的な論理の流れが逆になっていることである。著者マッツァリーノにとって、はるかに重要なのは、「社会学者」が個人的な敵意から問題を捏造しているという事実ではなくて、むしろ、「社会学者」がマスコミで「害」を垂れ流しているという状況判断だからである。この点がなければ、そもそも著者が『反社会学講座』を書いた理由そのものが消えてなくなってしまうはずである。

言い換えると、これ自体が論点先取の構造を含んでいる。つまり、7.マスコミを利用して名声や影響力を獲得し、蓄財するためには、6.論文ではなくて本を書く方が注目されるので有効であり、そのなかでは、5.海外事例を都合の良いように引用し、4.収集したデータを恣意的に改竄し、3.自分の関心に好都合なデータだけを集め、2.個人的な敵意の対象と一般的な社会問題の接合を行うのであり、1.究極的な論拠としては、個人的な好悪感情だけがあるに過ぎない、ということになる。先にも指摘したように、マスコミで注目を集める「社会学者」の正体は自分勝手な好悪感情を一方的に押し付ける連中である、と主張しているわけである。別の観点から言えば、マッツァリーノは、マスコミの「社会学者」はけしからんという結論を最初に用意しておいて、そのための論拠をいろいろ挙げていると考えることもできるのである。

しかも、さらに面白いことに、マスコミの「社会学者」はけしからんという「結論」にとって都合の良い「社会学」の事例だけが集められており、さらに海外の事例もいろいろと取り込まれている。その上、何よりも目を引くのは、『反社会学講座』それ自体が「本」として刊行されていることである。「社会学」について口を極めて罵る本が、社会学的であり、見方によっては「社会学」そのものであるとさえいえなくはない。批判者が批判対象と酷似してくるという面白い事態がこの本の魅力である。マッチポンプをなじる当人がマッチポンプであり、他人が不用意に煙を立てることを非難しつつ、自分は涼しい顔でタバコに火をつける。

なかでもとりわけ面白いのは「欧米」の事例の取扱い方である。そもそも著者自身が「イタリア人」なのだから、「欧米」というのは得意な領域でなければ困る。

「日本人は昔から欧米が大好きです。手の施しようがないくらい好きです。長幼の序や先輩後輩の上下関係を重んじる日本人であれば、人類発祥の地といわれるアフリカを尊敬しそうなものですが、どうもアフリカやアジアは人気がありません。それどころか、あからさまに見下している人も少なくありません。やはりあこがれは、アメリカとヨーロッパなのです。」(一五八頁)

こうしてみると、「イタリア人」である著者自身も、あこがれられてまんざら悪い気持ちもしないのかもしれない。ただし、不思議でならないのは、マッツァリーノが「欧米」ということで取り上げる事例に、「祖国」イタリアの事例がそれほど頻繁には登場しないことである。毎度毎度登場する「欧米」というのは、いつも決まってイギリスやアメリカであり、オランダやスウェーデンが時折登場しては、日本社会の話に戻っていく。

先に触れたテーマに戻ると、「フリーターはけしからん」という大勢の「社会学者」――と彼らが代弁する社会勢力、著者の言葉を使うと、「日本の勝ち組ナイスミドルのみなさん」(一六八頁)――の主張を論破するために登場する「欧米」も、やはりアメリカであり、イギリスであり、スウェーデンなのである。

「青年意識調査を見ても、欧米の若者が転職を肯定的にとらえていることがわかります。日本では転職に肯定的な意見は半数をやや下回る程度ですが、欧米では七〜八割が肯定的です。とりわけスウェーデンでは、九割を越える極端な結果が出ているのが目を引きます。欧米の若者は、イヤな仕事はすぐやめるのです。日本の若者は欧米人よりねばり強いのです。」(一七五頁)

転職をめぐる一片の意識調査からすぐに「日本の若者は欧米人よりねばり強い」という結論が引き出されるあたりは、見事な「社会学」である。しかも、多様な国々を含む「欧米」を対象にした意識調査そのものがどれほど信用できるのかということについては、ほとんど何も考慮されていない。

その上、「欧米」という言葉を頻繁に使って「日本」と対比させる手法は、この著者自身の「欧米」に対する愛着を感じさせる。祖国のイタリアよりも、「欧米」のほうが好きなのかもしれない。「イタリア人」でありながら、アメリカやイギリスやスウェーデンのほうが好きなのだから、「欧米」のことが、やはり「手の施しようがないくらい好き」なのだろう。

マッツァリーノの「欧米」に対する愛着は、祖国イタリアの問題を論じると、さらに面白くなってくる。目を引くのは、「ローマ帝国少子滅亡説」を論難する話である。この問題を扱っている章の冒頭には興味をそそる一文が引用されている。

「歴史とは起こった出来事ではない。歴史とは歴史家がわれわれに語る話にすぎない。」(二四一頁)

というわけで、おなじみの歴史認識論が登場するのだが、その二頁後には次の一節がある。

「ローマ帝国少子滅亡説の元締めは、木村尚三郎さんだとする説と、堺屋太一さんだとする説がありますが、はっきりしません。元締めかどうかはともかく、堺屋さんはこの説をあちこちで書いていたようで、私も読んだおぼえがあります。ただし、堺屋さんはどちらかといえば、少子化を前向きにとらえています。スーペーではない、とお断りしておきます。

この少子滅亡説の根拠とはいえば、ローマ帝国の五賢帝が、たまたま五人ともこどもがいなかったという事実、それだけなのです。そこから一挙にローマ帝国の滅亡まで話がふくらみます。壮大な歴史ロマンです。でも、ローマ帝国の出生率についての資料はどこにも存在しないのですから、なんともうさんくさいロマンです。

ということで、やはりローマ人といえばこの人、塩野七生さんの著書で確認しましょう。塩野さんの『パクス・ロマーナ ローマ人の物語Y』によると、紀元前一世紀末、ローマでは指導者階級の間で少子化が起こっていたとのこと。でも、一般市民は普通に子を産んでいたようです。」(二四三頁。「スーペー」とは、著者の造語で極端な悲観論者、すなわち「スーパーペシミスト」の略。なお五賢帝に子供がなかったというのは事実誤認で、五賢帝五人目のマルクス・アウレリウスには実子コンモドゥスがおり、父帝が没した西暦一八〇年に帝位を引き継いでいる。)

「イタリア人」の著者が、自国の歴史である「ローマ帝国」について論じるにあたって、日本の著者の議論しか登場させないのは、不思議である。「欧米」の若者の勤労意欲について論じるときは、アメリカとイギリスの事例ばかりを検討し、当人の欧米好きを印象付けるのだが、「ローマ帝国」について論じる場合には、日本人の著者の書いた本ばかりを読んでいる。しかも、「歴史」をめぐって「社会学者」(「スーペー」)が主張することを非難するにあたって、ローマ史の史実を確認する唯一の手立てが、「塩野七生さんの著書」なのである。資料が存在しないことを根拠にして「うさんくさいロマン」であると判断するのは正しい。しかし、その一方で自分自身はどうなのだろうか。「歴史とは歴史家がわれわれに語る話にすぎない」と冒頭に掲げておきながら、「自国」(=イタリア)ではなくて、日本の著者が書いた一般向きの歴史書が唯一の根拠なのだろうか。これはやはり不思議な「イタリア人」であるといえるだろう。

一方で、ローマ帝国から現代の「日本」に再度目を向けると、昔ながらの「ウサギ小屋」論がずいぶんと印象的である。「欧米」に比べていかに日本の住宅がいかに高価で、しかも狭いのか、という話が義憤を交えて力説される。「欧米」と「日本」の住宅価格や面積を比較するにあたって使用されているのは役所の作った統計であり(六四頁)、ここに登場する数字に対しては、マッツァリーノもなぜか無批判である。この本の全体を彩るユーモラスな調子が、どういうわけかここでは生一本な義憤に変わり、親の家を相続して気楽に暮らす人々への憤りのようなものが語られる(六四頁以下)。腹立ちの対象は親の持ち物に安住する「バカ息子」だけではなくて、高額な「敷金」や「礼金」を取る大家も非難される(四九頁以下)。こんなひどい有様だから、日本の勤労者は、「欧米」とは異なって、いつまでたっても自宅を手に入れることができないのだというわけである。

ただし、この場合興味を引くのは、著者マッツァリーノが主張する「ウサギ小屋」論が正しいのかどうかということよりも、むしろ著者の熱心さの中に、当人自身が現在置かれている社会状況が見事に表現されていることである。「社会学」は、それ自体が社会学の対象として有意義であるが、『反社会学講座』もまた同様に社会学の素材として興味をそそるわけである。

当人の自己紹介によると、「父の仕事の関係で、幼い頃から世界中を転々としました」とのことなのだが、この「イタリア人」が現実に生活しているのは、当人が今現在住んでいるという「千葉県の幕張」だけに狭く限定されているようである。世界中を転々とした経験があるのならば、例えば「欧米」の生活経験を、役所の統計資料などに頼らないでもっと具体的に語ってほしいところである。しかし、その点についてはなぜか寡黙なのである。さらに言えば、著者が語る「日本」というのは、東京周辺の家賃が高くて狭い住居に生活する住民の意識に、ごく狭く限定されているように思われる。本稿の筆者にも同様の経験があるが、ここには安アパートに押し込められた住人の圧迫感や怨念が塗り込められている。住環境の話になると軽やかな調子が、急に社会の不平等に対する怒りに変わってしまう気持ちも、理解できないわけではない。

ただし、それは「日本」全体というよりも住宅事情に恵まれない首都圏の地域的状況でしかない。東京の事例をもって「日本」全体を論じてしまうというのは、いかにも東京在住の「社会学者」にありがちな勘違いであるが、この著者は元来「イタリア人」だったのではなかったのか?他方で、地域限定的で、しかも個人的な社会意識をはるかに広大で多様な「日本」に投影してしまうというのを、この本の読者は、もしかするとどこかで見たことがあるのではないだろうか。

一言でいえば、ここにも、やはり著者マッツァリーノの「社会学」が見事に展開されている。1.「オレの住んでいる部屋は高くて狭い!」ということによる個人的な敵意による対象の発見があり、2.そんな個人的な敵意と、「日本」をめぐる一般的な社会問題が接合され、さらには、3.自分の関心に好都合なデータ(この場合は、東京とその近郊の賃貸住宅)が適当に集められ、4.データの恣意的な解釈が加えられ、しかも、5.「欧米」事例の無批判な引用が行なわれ、それを、6.『反社会学講座』という本として刊行する、といった一連の流れが観察できる。結論は簡単で、「オレの住んでいる部屋は高くて狭い!」という不満と、「今の日本社会はけしからん!」という漠然とした義憤が合体しているだけである。まさに当人が非難する「社会学」そっくりである。すると、マッツァリーノが断言するように、この本自体が「不当な常識・一方的な道徳・不条理な世間体」の一部なのではないかという疑問が湧いてきてしまうことになる。

これは困ったことである。著者マッツァリーノだけではなく、本稿の筆者までも困ってしまった。「反社会学講座」という名前の本の内容自体が「社会学」と同じ過ちを犯していたのでは批判の焦点がぼやけてしまうからである。

5別の読み方

本稿の冒頭で書いたように、『反社会学講座』は、この本の中で書かれている内容というよりも、むしろこの本そのものを成り立たせている条件において社会学的なのである。この場合の社会学というのは、ただし、著者マッツァリーノがいうのよりもかなり広い意味であり、より抽象的な概念である。

この場合の社会学(と社会学的な認識)というのは、通常の認識活動から離れた認識を行う事業であり、そのための方法のことである。それはすでに書いてきたように、常に存在する他の可能性に対して開かれていなければならない。「社会学」の批判が「社会学」と同じになってしまう状況は、社会学という学問の基本的な性質と深く関係している。それは、哲学無用論がそれ自体として哲学的な議論になってしまうのとよく似ている。つまり、社会学はその成立条件として、人間の認識活動に対する反省を含んでいるからである。

そして、このように考えてくるとマッツァリーノの『反社会学講座』という本について、まとまった判断を下すことができるのである。この本は、約言すると、1.通常の認識活動の意図をもった人が、2.社会学の方法を用いて、3.括弧入りの「社会学」を非難する本であるがゆえに、4.社会学の対象となるのであった。このように書いていくと、なにやら言葉遊びをしているような印象を与えるかもしれない。しかし、順を追って言葉を追加していけば話はわかりやすくなるはずである。

1.著者のマッツァリーノには、いうならば「真の社会学」といった理想が想定されている。それは経済学や法学がそうであるのと同じ意味での社会学である。経済学が経済の成長や円滑化を意図し、法学が法秩序を維持し、医学が病気のない健康な人体を願うように、社会学も、たとえば「社会をよくする」ことを願うのだろう。

2.そんなまっすぐな目的意識を抱いていながら、マッツァリーノが「社会学」を批判するに当たって用いている方法は、マスコミに登場する「社会学者」たちとは別物である。この人は例えば病気を克服するために医学を勉強するといった形の認識ではなくて、「病気」という概念や「医学」という概念の来歴や成り立ち、社会的役割といった側面に注目しようとする。これを本稿では社会学の方法と呼んでいる。この方法を用いて、この人は世に流布する「社会学」の狂態を嘲笑するわけである。

3.マッツァリーノが「社会をよくする」ことを願うのと同じことは、この著者が口を極めて罵る「社会学」の多くについてもあてはまる。ただし、肝心の「社会学者」たちが偉そうな顔で誇示する診断や処方箋が、そろいもそろっていかがわしく、インチキ臭いから、この「イタリア人」は怒るのである。

4.本稿は、『反社会学講座』という本の著者の意図と、ここで用いられている方法の間の食い違いに対して、社会学的な興味を感じることに出発していた。マッツァリーノは多元的な視点で「社会」について認識する方法を選んでおきながら、その種の方法に、例えば「社会をよりよくすること」に向う集中力が欠けていることを非難しているわけである。看板に偽りあり、というわけで、「社会学」と「社会学者」の災難はマッツァリーノと同じ種類の看板を掲げてしまったことにあったといえよう。他人事ながら気の毒な話ではあった。

この結果、「社会学」とそれを非難する「イタリア人」の両方による「掛け合い漫才」のようなものがここに生まれた。『反社会学講座』の一種独特な面白さがここにある。それは「にせ外国人」の伝統と、長年の間に権威化した「社会学」の間に生まれた自己言及のおかしみである。当人たちの意図がどこにあるのかということとはまったく別に、これらが同じ舞台に登場することで、なかなか得ることのできない種類のユーモアが生まれているのである。

括弧入りの「社会学」は脇に置くとして、もっと広い意味での社会学には、その根本のところにこの種のユーモアが含まれているはずである。それはゲラゲラ笑う種類のものではなくて、焦眉のテーマについて口角泡を飛ばし論争する様子を、脇から眺める楽しみにつながっている。そんな「脇からの」視線が、「にせ外国人」に化ける機知と通じ合うことはいうまでもない。この意味で本稿の主人公である「イタリア人」は、悪しき「社会学」よりもはるかに社会学的であるといえる。しかも、それ自身が社会学的なユーモアの素材となりうるという点ではまことに貴重な一冊であるといえるのかもしれない。この点では、確かに堪能させていただいた。

(2004年11月30日脱稿)


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