2004年9月25日 高野山カンファレンス
デュルケーム=ジンメル合同研究会報告書
社会学の終わりとジンメル的エートス
——ディシプリン的知識空間をめぐって——
野村一夫(国学院大学)
■1 はじめに
今回のカンファレンスでは非常に大きな問題設定がなされている。それに見合う大味な話をしなければならないだろうと受け止めて、テーマを決めようと思った。そこで思い浮かんだフレーズが「社会学の終わり」というものだった。社会学が「近代の自己意識」であるとすると、「ポスト近代の自己意識」として「ポスト社会学」というものが語りうるかもしれない。あるいは「ポスト社会学」としての新しい社会学像(それはもはや社会学ではないかもしれないが)を思い描くことができるかもしれない。
じつは2003年に書いた社会学入門書の末尾を私は「社会学の終わり」について語ることで締めた。たかが入門書であるとは言っても、社会学がどうなっているのかという問題は、まさにこういうところでこそ問題になるものだ。つまり、教え、教育する場面、つまりディシプリン的知識空間においてこそ、言及を迫られるものなのである。だからこそ、教科書問題や社会学教育を論じることは、とても重要であると私は思っている(野村 2003)。そこで今回はこれについて語りなおしてみたいと思う。
他方、ジンメルは「社会学の始まり」をめぐって言及されるのが普通のことになっている。だが、「社会学の終わり」について言及されることはまずなかったと思う。もちろん社会学史的には「始まり」が大事なのだが、21世紀的現実を目の当たりにしている現在、社会学というディシプリンの限界地点を見通してみるということも必要ではないだろうか。そしてジンメルの仕事がそのさいの導きの糸になりうるものなのかどうか、検討してみたい。
■2 ディシプリン的知識空間
経済学部にいて感じるのは、通常科学(ノーマル・サイエンス)というものは、じつに確実に、そして保守的に再生産されるものだということだ。古い理論が生き残っていたり、学風の世代間格差があって、多少の付加要素やはやり廃りはあるものの、教育されるものとしてのディシプリンは基本的に自明視されている。何が中心で何が周辺なのかも、かなりはっきりしている。何よりも、経済学者たちは経済学そのものを疑ってはいない。その確信こそが知的エネルギーを再生産しているように見える。
それにくらべると社会学のディシプリンはどうだろうか。
理論的には、1960年代に始まる多元的パラダイムの競合状態はまだ続いている。それどころか、当初はそれほど大きなものとは認識されなかったものの、しだいに影響力をもつようになったカルチュラル・スタディーズや社会構築主義も参入して、ますます多元化していると言えるだろう。
とは言っても、研究活動そのものはパラダイム対立でちっともかまわない。理論の対立、ミクロとマクロの対立、そして新旧世代間の対立は、学問であれば当然生じることである。社会学の場合は、その程度がいささか激しいというだけである。
しかし私は「教育の第一次性」「教えることの第一次性」の見地から、ディシプリンを問題にしたい。ディシプリンはディサイプル(高弟)によって教育の場で踏み固められていくものであり、学校や大学という再生産機構において教育プログラムとして制度化されていくものである。
では、社会学の名の下に何が教育されているのか。
教育されるものとしてのディシプリンとしては、たんに「多元主義である」とか「パラダイムの相克」などと他人事のように語ることはできない。それを学生に対して正直に告白したところで、社会学のディシプリンが伝えられたとは言えない。パラタイム多元主義であれば、それを基礎付けるメタパラダイムが説明されなければならない。ディシプリン的知的空間では、ここをきちんと処理しなければならないのである。
社会学教育の困難は、まさにここにある。
この困難を乗り切るために、これまで社会学者たちは、講義や論文指導や教科書執筆のさいに、どれか特定のパラダイムに依拠して説明するか、あるいはセカンダリーなパラダイムを代用してきた。後者が、いわばデファクト・スタンダードになる。たとえば次の三つのパターンがその代表的なものである。
第一に、古典の応用。たとえば、デュルケム自殺論(あるいはアノミー論)から現代の自殺や社会病理的傾向を読んだり、ウェーバーのカリスマ論や宗教社会学で現代の宗教状況について語るといった説明がそれである。この場合、古典解説的な記述が主になるだろう。
第二に、機能主義。とくにマートン的な温和な機能主義が主流である。リベラルなものの見方(通念からの一回ひねり)に対して、もうひとひねりする言説になる。つまり二回ひねりである。教育的水準としては適当なレベルになるので、機能主義者でない社会学者も、この種の説明に落ち着きやすい。マートン的なひねりのきいた解説でもって多様な現象について語れるだろうが、アイロニカルな社会学像が前面に出る。
第三に、アラカルト方式。テーマに即して理論を使い分けるものである。理論間の整合性は気にしない。その場その場で説得性があればよいという落としどころである。10人前後で機械的に割り振られた編集ものの教科書は、このパターンを踏みやすいが、トータルな社会学像が浮き彫りにならず、社会学概念について読者が混乱する。ディシプリンは伝わりにくい。
理論的にはまとまらないので、方法的にまとめていこうというのが近年の流れである。社会調査が標準化されている点では、ディシプリンとしての社会学の軸は社会調査という研究方法にあると言えそうだ。しかし、量的調査にせよ質的調査にせよ、これ自体は通常科学の求めるエビデンス依存型の学問であるという以上のものではなく、その研究が社会学であらねばならないという必然性は薄くなる。
ということになると、やはりテーマで特徴を出すしかなくなるが、こちらはこちらでアポリアがある。
■3 残余概念の逆襲
ここ20年ばかりを振り返って、社会学において新領域として一気に大きなテーマ空間を占めるようになったものとして、身体、ネット、環境、国際社会がある。
身体の社会性・権力性の問題についてはフーコーの知的影響が強いが、ブルデューのハビトゥス論もある。もちろん古くはモースがやっていたわけだが。従来の医療社会学に加えて「健康と病の社会学」と呼ばれる領域拡張があった。「健康と病の社会学」は、名前は凡庸だが、基本的には社会構築主義の立場から、領域を拡張する試みである。健康ブームの分析や医学的知識の構築性などがここに入るわけである。さらにこれに先端医療や生命倫理の問題が加わる。
ネットについては、パソコン通信時代からインターネットにかけて、ネットワーク・コミュニケーションがある種の新しい社会領域をつくりだしたことに対応している。CMC研究はその典型であるが、ネットワーク空間は日々膨張しており、かつての見晴らしのよい開拓地が昨今はすっかり都市化されて、とても一望できるものではなくなってしまった。ここは現実の社会と切り離されているわけではないが、独自の秩序と無秩序によって言説空間が織りあわされている。たんに公共圏といってすまされるような単純さはすでにない。
国際社会については、冷戦構造においては国家間関係が最大の焦点であり、政治学や国際関係論がそれをとりあつかってきたが、冷戦後において、さまざまなアクターが国際社会の舞台に登場するようになり、国家に限定されるものでなくなった。従来は先進国に範囲をしぼって説明できればよかった社会学も、グローバル化せざるをえなくなった。
たとえば、最近の社会学教科書を編集する上での大問題は、国際学関連のテーマについて、どの程度紙面を割くかである。グローバリズムや民族問題や戦争とテロリズムなどの問題は避けて通れないが、それらは社会学固有の問題を超えており、なおかつ、それに言及するとなると、それ以外の部分もあわせて国際学化しなければならなくなる。ギデンズの『社会学』がその好例である。それは論理的に一貫しようとすると『グローバル・ソシオロジー』にならざるをえない。
このように、新領域の採用は、ディシプリンとしての社会学を大幅に改訂せざるをえない側面をもっている。たんに教科書に一章を追加するようなものではない。
グローバル化と同じことは「ジェンダー論化」にも言える。ここでもギデンズの本は先駆的なテキストである。すべてのイシューについてジェンダー論的増補改訂を入れなければならない。フェミニズム論に依拠するならば、社会学は隅から隅まで「ジェンダーの社会学」でなければならない。
環境やエコロジーも大幅に導入された。これまで排除されてきた自然環境や生態系が社会学に導入されることになった。これもまた新領域が加わった以上のことを意味する。
環境社会学の一系譜によると、これまでの社会学は「人間特例主義」だったのだから、これを改めて「新エコロジカル・パラダイム」に移行する必要があるという。つまり、人間は例外的に文化的特徴を持つが、地球生態系に依存しているひとつの生物種であると言うのである。これは社会学にとって新しいパラダイムである。
生活環境主義の時代は終わったようで、環境社会学の研究者は社会学との接合にかなり苦労している(飯島ほか 2001)。それがなぜ社会学でなければならないのかが、環境学全体においてたえず問われるからである。悩むのは当然である。20年程前には社会学のディシプリンにほとんど存在しなかった生態系という概念を導入することによって、新しいディシプリン(あるいは大きな修正ディシプリン)が要請されるのは当然である。
これらの新領域に対応して言えることは、さまざまな分野で「残余概念の逆襲」が生じているということである。ちなみにこのフレーズは政治学者の松本正生が無党派層について指摘したものである(松本 2001)。無党派層は、それこそ政党支持者の「残余」として扱われてきた(無視されてきた?)が、もはやそれが投票行動分析の中心になったということである。政治学も無視できなくなったということだ。
「残余概念の逆襲」は「周縁の中心化」と呼んでもいい。ともあれ、社会学が19世紀末から20世紀前半に確立したときには「残余」「周縁」「未知」だったテーマが、パラダイム変換を伴うような重要なテーマとして中心化したのだから。
このような問題について、個々の研究の場面ではそれほど悩むことはない。しかし、社会学の全体像について語らなければならない講義や教科書づくりにおいては非常に苦労するところである。教えられるべき知識空間としてのディシプリンが非常に複雑かつあいまいになっている。
私自身は、かつてこれこそ「脱領域の知性としての社会学」ならではの現象だと説明していた(野村 1992)。けれども、テーマ領域の分化と拡張は、それを無批判に採用するかぎり、社会学がどんどん肥え太っていくばかりである。
しかも、問題なのは、それを担っているのが必ずしも社会学的研究ではなくなってきていることである。この状況の中から、ディシプリンとしての社会学を描き伝え教育するのはますます困難になる。
■4 学際的問題領域研究
社会学と称されているディシプリン的知識空間の内部から、目を学問研究活動全般に転じてみれば、社会学の延長上にありそうな研究を他のディシプリンの人たちがやっているということが見えてくる。
すなわち、現時点では社会学者の仕事を引き受けているのは、もはや社会学者だけではないのだ。
たとえばスポーツ社会学という分野があるが、じっさいに研究している人たちの多くは、社会学的ディシプリンの洗礼を受けている者という意味での社会学者でない場合が多くなっている。もちろんすぐれた業績があるのだが、スポーツ研究に明確なディシプリンがあるわけでないので、社会学というディシプリンが借用されているという具合である。
看護学においても同様のことが言えるのではないか。アンセルム・ストラウスらの「グランデッド・セオリー」は社会学的な見識から出てきたものだが、実際には看護学において広範な影響を与えており、「グランデッド・セオリー」による最近の看護学の論文は、ほとんど社会学と言ってよい印象を与える。
ここで生じているのは「諸学の社会学化」である。「諸学の社会学化」とは、残余概念の逆襲に諸学が正面から対応し始めたということなのだ。
この傾向は「○○学」(○○スタディーズ)とまとめられるようになったさまざまな新研究に顕著である。このような「学際的問題領域研究」の中で、日本語圏において比較的活発で、社会学と縁の深いものとしては次のものがある。
環境学、国際学、平和学、情報学、女性学、障害学、カルチュラル・スタディーズ、科学技術と社会の研究(STS)、社会史(歴史社会学)、音楽史。
ちなみに、これらの先駆形として、エリアスタディ(地域研究)がある。これは冷静構造の形成とともに、とくにアメリカにおいて地域研究の戦略的重要性が強調されたことに起源を持っている(ウォーラーステイン 1996)。
これらの研究において社会学者の参加は必ずしも多くないし、主流をなしているとは言えない。しかし、われわれ社会学者から見て「社会学的」と見える研究が、これらの学際的問題領域研究には多いのである。
既に述べたように、私は、十数年前に社会学の教科書を書いたときに、日本語圏において、このことに気づいて、それらを一種の「社会学的研究」として取り込んで紹介することにした。「諸学の社会学化」と認識したからだ。これらの成果は、社会学というディシプリン的知識空間に位置づけ可能であると判断した。こうした判断は、何も私だけでなく、すでに多くの社会学教科書が採用しているところである。
しかし、その後の動向を見ると、果たしてこれらが「社会学的ディシプリンの浸透」の結果であったかどうか、非常に疑わしい。
たしかに、これらの研究において社会学は一定の役割を果たしていた。しかし、社会学が先駆形として評価されるというよりは、批判すべき先行事例(たたき台)とみなされることが多いのではないか。そういう印象がある。
おそらくその分岐点は、これらが倫理に踏み込むことである。それぞれのテーマにかかわる倫理的なエートスがこれらには共通していて、それが学際的研究の求心力になっている。しかし、社会学者はそれから距離をとろうとしたり、それらの逆機能をついたりするので、反感を買うことが多いように思う。通常科学の倫理化のもとでは社会学的研究は叩き台になりやすい。
学問研究における「ポスト近代」とは、じつはこういう状況を指すべきではないかと思う。ディシプリンの力が弱まり、喫緊のテーマ(つまり残余概念の逆襲!)ごとに研究が寄せ集められる。それに対応して新しい学部や研究施設が立ち上がる。
この状況において環境社会学のように自らのディシプリンの定立に自覚的に取り組んでいる領域はまだいいとしても、他の領域のように自らのディシプリンのアイデンティティがあいまいになっていくケースが増えているのではないか。たとえば情報学では、技術的な知識から人文学的な知識まで、渾然と同居しており、まさに学問的カオスである(北川ほか 2002)。
■5 一世紀後の「社会学の領域」問題
ジンメルが一世紀前に批判的に対峙した総合社会学にかわって、今日では「諸学の融合」が私たちの前にある。総合社会学はひとつのパラダイムだったが、諸学の融合は研究対象によるパラダイムなき収斂である。
この状況において何を社会学と呼んでいいのか。コンセンサスのレベルは低下している。
以上のような学問状況から、少なくともディシプリン的知識空間において「社会学の終わり」という問題を想定していいのではないか。ほんとうに終わるのかどうか、わからないにしても、「終わり」というものがありうるということを意識していいと思う。
ウォーラーステインは、この点ですっきりしている。個別の社会科学なんて19世紀から20世紀初頭の先進欧米諸国の知的空間を反映しているにすぎないのだから、いつまでもそんなものにこだわっていてはいけない。ひとつの「史的社会科学」でいいではないかというのである。(ウォーラーステイン2001)
デュルケム、ジンメル、ウェーバー以来の社会学がモダンな20世紀的思想であったと割り切るのか。つまり21世紀においてディシプリンとしての社会学は終わりつつあるのか。それともひとつの「史的社会科学」に解消されてしまうのか、あるいは独自の「ポスト社会学」を構想するのか。いずれにしても「社会学の再定義」が必要になっているのではないか。
ジンメルは一世紀前に「総合社会学の終わり」を宣告した人である。そして独自の対案として「形式社会学」(のちに「純粋社会学」)を打ち出し、ディシプリンとしての社会学の再定義に貢献した人である。
と同時に、そこからはみ出す研究も続け、それがやがて一般社会学を含む『社会学の根本問題』に集約されて、形式社会学の構想が大幅に拡張されるのである。(ジンメル2004)
他方、受容史的に見ると、シカゴ学派をはじめアメリカ社会学への多方面の影響があり、それらにはパーソンズを中心とする機能主義に対する対抗研究として位置づけられるものが多かった。乱暴な言い方を許してもらえるならば、60年代以降の社会学におけるパラダイム乱立の知的源泉はジンメルにある可能性がある。
素人仕事? 雑学? 直感? そう言われながらも、未開地を発見し、それについて記述することを使命とする。こういった社会学像(「問題発見的な科学」)はジンメルが作り、ディシプリン化されつつも、たえずはみ出すものとして継承されてきたものだ。これをとりあえず「ジンメル的エートス」と呼んでいいだろう。この場合のエートスとは、精神的駆動力、知的な駆動力、あるいは知的使命感のことであり、それでもってディシプリンとしての社会学の原動力が成立するようなもののことである。
しかし、受容史的に拡散してしまった「ジンメル的エートス」をジンメルに戻って理論的に明確に理解し、21世紀の社会学のディシプリンを構想しなおすことは、なかなか困難な仕事に見える。
コンテンツにおいてジンメルは歴史的遺産である。しかし、昨今のジンメル・ルネサンスにおいて、ジンメルの業績を断片的なものとみなすのではなく、統一的な原理によって一貫したものであると見て、そのエッセンスを抽出していく試みがなされている。これによって、ジンメルが20世紀社会学というディシプリンに対して果たした重要な役割があきらかになるだろう。
■6 ネーデルマンの試み
たとえば、ビルギッタ・ネーデルマンの概念的準拠枠論の試み(Nedelmann 2001)はその一例である。
ネーデルマンは、ディシプリンとしての社会学がそのアイデンティティと自律性を喪失する危機にあるとし、隣接科学との境目もぼやけてしまい、社会科学というメルティングポットの一成分に埋没してしまっていると認識している。これは本稿のこれまでの議論と同様に「社会学の終わり」を認識しているということだ。そして彼女は、社会学を自律的な科学的ディシプリンとして21世紀に生き延びさせるために、ちょうど20世紀はじめの創始者たちが成功したように「社会学の領域」を再定義しなければならないと主張する。
ネーデルマンはジンメルの『社会学の根本問題』第一章の「社会学の領域」を決定的に重要なものとみなして、ジンメルの概念的準拠枠を再構築する作業に入る。
そのさいに留意しなければならないのは、ジンメルの業績に対する二つの反応である。ひとつはジンメル拒否であり、もうひとつはポストモダンのスタイルを賞賛するという反応である。
いずれもジンメルの著作は首尾一貫したものでないという認識から出ている。しかし、ジンメルの社会学は高度な一貫性を示しているのではないか。リッケルトの言葉を借りると「非体系的なるものの体系家(者)」として。
近年のジンメル・ルネサンスやジンメル研究会での議論や成果も、従来の「書き散らし型エッセイスト」としてジンメルを捉えるのは皮相的であり、内的にはジンメルは非常に首尾一貫した社会学像を提示したのではないかということが、ひとつの通奏低音としてあると思う。もちろんそれは従来的な形式社会学者としての一貫性ではなく(これはむしろルーズ)、社会学のディシプリンの構築者としての一貫性である。
もう一度確認すると、彼女は「非体系的なるものの体系家(者)」としてのジンメルに注目する。近代世界が内的な一貫性と秩序を欠いているために、その混沌を体系的に理解するためには技術的な工夫がいると、ジンメルが考えていたことを反映している。
その工夫が誘導的概念としての「相互作用」(Wechselwirkung)だったという。この誘導的概念を準備することによって社会学者は混沌的世界に身をさらすリスクを負うことができる。そこに賭けることができる。そればかりか、ジンメルにとって相互作用概念は社会学の誘導的原理でもあったという。この点についてネーデルマンは三点指摘している。
第一に、相互作用概念は関係的局面を強調する。これでジンメルは、個人主義対集合主義の論争と、ミクロ社会学対マクロ社会学の論争とを明快に克服した。ジンメルは「経験の対象」によって社会学というアカデミックなディシプリンを定義することを拒否した。「経験の対象」を分析し、それを「認識の対象」へと組み直すような分析視角を特定すべきであるとするジンメルは、相互作用概念がそれに役立つと考えた。
第二に、相互作用概念は、循環的因果関係あるいは自己準拠性という社会学的説明のタイプを表している。
第三に、相互作用概念は、個人を超えた社会的単位の物象化と神秘化を拒否し、過程分析にコミットさせる。固定されたように見えるものを動態的関係の流動に解体する。たとえば「社会」は「社会化」(Vergesellschaftung)として言及されることになる。
以上の三点、すなわち関係性、自己再帰性、過程分析こそが、社会学の誘導的原理として理解された相互作用概念に含蓄された社会学研究の必須要件なのである。
今日において社会学の領域を再区画するのに、このようなジンメルの構想は役に立つとネーデルマンは考えている。さらに彼女は「社会化」の総体的過程を構成するサブプロセスとして、(1)「外在化」(2)「内在化」(3)「制度化」(4)「利害形成」の四概念をあげて論じている。これらについては割愛するが、ともあれ、ジンメルのライトモチーフを再導入することで、「社会学からの引き上げ(逃走・離脱)」を阻止できるのではないかというのである。
完全なものでないかもしれないが、このネーデルマンの試みはヒントになる。ジンメルの理論的含意について新味はないものの、それを「社会学の終わり」に対する巻き返しとして位置づける点を高く評価したい。この方向の研究と、受容史的な研究とをかみあわせれば、拡散的に終わりつつある社会学をディシプリンとして再定義するのに役立つのではないかと期待できる。
「社会学とは、いつも社会学とは何かについて論じている科学である」という悪口も再び言われそうな気配である。しかし「社会学の終わり」を素直に受け入れるのでないかぎり、「社会学とは何か」そして「社会学の領域」問題について真剣かつ理論的に検討すべき時期だと思う。
既に述べたように、私自身は、もともと「社会学の終わり」を受け入れることになるだろうとの予測を持っているが、社会学側からの抵抗を期待する気持ちも強い。それは社会学のもつ知的なエートスを自らの規律とする人間としての素直な感情である。したがって、私がこれからのジンメル研究の課題と考えるのは、たんにジンメルが彼の同時代の社会に対してどう反応したかではなく、現代の「社会学の終わり」という知的状況に対する抵抗拠点としてジンメルの理論構想をいかに再構築するか、そして、拡散する知的状況に対する現代的要請に具体的に応えていくことではないかと思う。
■7 応答
最後に、討論段階で十分に答えきれなかった三点について若干補足しておきたい。
第一に、ジンメルの貢献がもっぱらミクロ社会学にあるのではないかとの意見が出されたが、ジンメル社会学の可能性はミクロ社会学だけではない。『社会分化論』や『貨幣の哲学』を引き合いに出すまでもなく、ジンメルの社会学的視圏はきわめてマクロなスケールを持っている。個人も社会も相互作用の産物と見た彼の独特なスタンス(相互作用概念)は、社会というマクロな現象を十分に射程に入れているのである。今回紹介したネーデルマンの議論においても、それは前提了解になっている。
第二に、相互作用論がジンメル社会学の説明力の弱さの源泉になっている可能性はないかとの質問があったが、私はその通りだと思う。生成の相において分析することは、直感的説明に流れやすく、手続き的に不備にならざるを得ない。たとえば、社会認識論の三つのアプリオリに典型的に見られるように、ジンメルは三つのものを同時に見据えようとしている。
(1)社会的なるもの
(2)社会外的なるもの
(3)理念的なるもの(社会的なるものに内属していながらも、実現されざるものとして社会外にあるもの)
言わば「たえず外側に半身を置く姿勢」が相互作用論には随伴するようなのである。社会的なるものに内属した議論に終始できないという事情が、理論的な脆弱性を招いているところがある。その意味では、制度化されたディシプリンとして社会学を位置づけるのであれば、デュルケム的制度論を合わせて強調する必要はあると思う。
第三点は、この点について討議中に考えたことである。相互作用論に基づくジンメルの社会学構想は、生成の相における社会学である。言わば「構築」と「過程」の社会学である。それに対してデュルケムは「制度」と「機能」の社会学と言えるだろう。もちろんデュルケムにも「集合的沸騰」といった生成の問いに関する重要概念がある。それぞれに社会学の全体的理論像を提示しているのである。しかし、それだけに両者の側面をつきあわせることで社会学というディシプリンの原点が確認できるような気がする。
顧みれば、20世紀社会学の歴史は、ジンメル的な〈構築と過程〉論とデュルケム的な〈制度と機能〉論の二つのコンセプトがバイメタルのように社会学の両面を構成していて、振り子が振れるように〈構築と過程〉に傾いたり〈制度と機能〉に傾いたりしてきた。シカゴ学派が〈構築と過程〉を強調したのに対して、パーソンズとその周辺は〈制度と機能〉で対抗した。それがディシプリンの一本柱であるかに影響力を誇った瞬間に、各種の機能主義批判が噴出するが、それらはいずれも〈構築と過程〉を重視して対抗しようとする理論だった。
このように理解するならば、社会学のディシプリンを、ジンメル的な〈構築と過程〉論とデュルケム的な〈制度と機能〉論のバイメタル的複合体として再構成できるかもしれない。別の比喩を使えば、社会学のディシプリンを、サラダドレッシングのような酢と油の対立的混合のダイナミズムとして再定義できるのではないだろうか。そう考えると「デュルケムとジンメル」という一見古風なテーマ設定は、非常に現代的なものに見えてくるのである。
■参考文献
早川洋行(2003)『ジンメルの社会学理論』世界思想社。
飯島伸子ほか編(2001)『講座環境社会学第1巻 環境社会学の視点』有斐閣。
居安正・副田義也・岩崎信彦編(2001)『ゲオルク・ジンメルと社会学』世界思想社。
居安正・副田義也・岩崎信彦編(2001)『21世紀への橋と扉』世界思想社。
松本正生(2001)『政治意識図説——「政党支持世代」の退場』中央公論新社。
北川ほか編(2002)『情報学事典』弘文堂。
Nedelmann, Birgitta (2001), “The Continuing Relevance of Georg Simmel: Staking Out Anew the Field of Sociology”, in: George Ritzer and Barry Smart (eds.), Handbook of Social Theory, Sage, pp.66-78.
野村一夫(1992)『社会学感覚』文化書房博文社。
野村一夫(2003)「ネットワーク時代における社会学教科書の可能性」『フォーラム社会学』第2号、関西社会学会、6-13ページ。
G・ジンメル(2004)『社会学の根本問題(個人と社会)』居安正訳、世界思想社(とくに「訳者付論」)。
イマニュエル・ウォーラーステイン(2001)『新しい学』山下範久訳、藤原書店。
イマニュエル・ウォーラーステイン+グルベンキアン委員会(1996)『社会科学をひらく』山田鋭夫訳、藤原書店。