2022年1月17日月曜日

『リフレクション』第六章 高度反省社会への課題(3)社会学的な感受性

野村一夫『リフレクション──社会学的な感受性へ』第六章 高度反省社会への課題(3)社会学的な感受性

11-3-1: 異世界としての日常生活へ

第二章から第六章までの各章でわたしたちは次のことを確認してきた。第二章では、わたしたち自身が社会形成の主体(担い手)であること。この単純な事実が、複雑に機能分化した現代社会では見えにくいこと。第三章では、自分たちが知識過程の主体であること。社会形成における知識の重要性を見てきた。第四章では、自分たちが権力作用の主体(共犯者)でもあること。ときには大量排除現象を引き起こす権力作用は、歪められたコミュニケーションによってわたしたちの知識が的確に現実を捉えていないことと一体のことである。第五章では、自分たちのコミュニケーションが理想を内蔵していること。近代人としてのわたしたちはそれをあまり意識せずに頼りにしていること。第六章では、自分たちが市民的公共圏の理念の主体でありうること。これらのことを確認してきた。わたしはその確認作業そのものもふくめた、このようなポリフォニック(多声的)で重層的なプロセスに対して「リフレクション」ということばを当てて語ってきた。社会学とは、現代社会の複雑性に潜むこのような事実を自分のこととして理解するリフレクションの実践なのである。

すでに述べたように、学校教育にせよマス・メディアにせよ、総じて日本社会は社会学を文化装置として十分に組み込んでいないので、本書で論じてきたことに違和感を感じる場合が多いかもしれない。逆に社会学的世界になじんでくると、今度は日常生活において体験するあれやこれやが不自然でぎこちない世界として見えてくるはずだ。危機・できごと・事故・極端な事例・病理的事例・とるにたらないこと、不測の事態・統計的に少数のものとして退けられていたもの・構造やシステムを混乱させるものが、きわめて重要な現象として感じられるようになる。●36こうして日常世界は異世界として再発見される。

このような感じ方の変化を劇作家ヘルベルト・ブレヒトは「異化」(Verfremdung)と呼んでいた。かれによると「異化」とは「まずその出来事ないしは性格から当然なもの、既知のもの、明白なものを取り去って、それに対する驚きや好奇心をつくりだすことである。」●37社会学的反省は多かれ少なかれ「異化」を伴うのである。

11-3-2: 社会学的な感受性とは何か

日常世界を反省的に異化する知的な力を「社会学的な感受性」と呼ぶことにしよう。わたしの前著のタイトルになっている「社会学感覚」はこの「社会学的な感受性」の短縮形である。「社会学的な感受性」とは、本書のこれまでの議論に即して定義すると「社会を反省的にする実践を誘発する高度なコミュニケーション能力」ということになる。

ここでまず注意していただきたいのは、「感受性」とか「感覚」ということばを使っているからといって、一九八〇年代日本の成熟消費社会において流行した「感性」なるものとはまったくベクトルが異なることである。当時の「感性」の使い方には、たぶんに反主知主義の傾向があった。それは「理屈抜きに感じる」ことであって、実質的には「消費のことば」へのエポケー(判断停止)的適応要求を意味していた。「社会学的な感受性」はこのような反主知主義に与するものではない。むしろ主知主義に属している。それは「反省のことば」によるコミュニケーションの能力に根拠をもつ明確に知性的な能力である。ただ「鋭敏に感じること」「いちはやく気づくこと」「センシティヴになること」という意味で「感受性」なのである。直感ではない。生活者としての直感ではもはや読み解けない社会的現実があまりに多くなっている。そうではなくて、透明な自己理解を可能にする社会学的知識に裏打ちされた「見識ある市民」「自省的市民」の感度が問われているのだ。

では何に対して感受するのか。権力作用に対して、自分の行為の帰結に対して、他者の言動に対して、そして、あるかもしれない別の可能性に対して……。つまり「社会学的な感受性」とは、自分を権力作用の媒体にしてしまうのでなく、不透明な自己理解を超越する反省的な能力であり、自らの行動を理性的に監視する能力であり、他者とのコミュニケーションに敏感に反応して能動的に合意をつくりだそうとする意思と能力であり、そしてシビアな歴史的現実的条件の認識から「別の可能性」を構想する想像力である。

「社会学的な感受性」「社会学感覚」に対して社会学はさまざまな貢献をすることができる。その第一の仕事は概念化することである。ことばを手がかりに、わたしたちは自分と社会的現実とのかかわりを感受できるのだから。ハーバート・ブルーマーのことばを借りれば、結局、社会学で使われている概念は「本質的にはものごとを感受するための道具」●38なのである。かれはこれを「定義的な概念」(definitive concept)に対して「感受概念」(sensitizing concept)と呼ぶ。感受概念は、概念の抽象的な枠組みのなかに実例を埋め込むのではなく、概念から出発して、実例の現実的な個別性に至るために使われる。●39つまり、具体的現実を感受するための概念なのである。

この考え方はウェーバーの理念型ともよく似ている。「発見的意義」を第一義としたウェーバーは具体的な歴史研究から理念型を構成し、理念型とのずれからさらに具体性へ迫っていく道をとった。その意味ではブルーマーの感受概念は古典的な考え方である。ウォルター・リップマンが簡潔に述べているように、結局、わたしたちは文化的に定義されたものしか見ないのだ。●40だからこの文化的定義を異化して「反省のことば」を感受概念として現実の具体に迫っていかなければならない。

社会学の目的は、感受概念を駆使して社会的現実を経験的に研究してえられた反省的知識──すなわち「反省のことば」──を積極的に公開することによって、人びとの社会学的感受性を高めることにある。社会学は、社会学的感受性をもつ「見識ある市民」の実践によって社会全体が高度に反省的に再編されることを支援する科学であり、まさにそのような人びとによって生みだされ、強化され、現に必要とされている科学なのである。

11-3-3: 敵対的情報の受容

「反省のことば」は無難なことばではない。それはむしろ自分を傷つけるかもしれない危険なことばでもある。グールドナーは次のように指摘する。「明識とは、悪いニュースに開かれていることであり、そのニュースを受容し用いることへの抵抗を克服しようとする人間の容量の大きさから生まれる。つまり明識は、枢要な点で、脅威にさらされてもなお自己を支配しようとする能力に必然的に結びついている。」●41

「社会学的な感受性」が意味するもうひとつの側面は、このような敵対的情報の受容能力を高めることにある。敵対的情報を受容し、それを利用する能力は、政治家の場合は「現実主義」といわれ、学者の場合は「客観性」といわれる。●42「見識ある市民」「自省的市民」の場合は「市民性」もしくは「成人性」というべきかもしれない。ひとつの具体的問題でこれを考えてみよう。

わたしはかねがねそう思ってきたが、社会正義を主張したり反権力を標榜したりする人びとにとってタバコはひとつの試金石である。たとえば反核平和運動・反原発運動・PKO反対運動・環境保護運動などは国家や大企業を批判する。そこでは批判する本人やその周辺の知人を問うことがない。相手はソト(外集団)の人たちである。しかも批判する人自身が問題にはならない。しかし、タバコはちがう。それらが問題化するとき、タバコをめぐって市井の人びとが二分されてしまい、討議の世界は居心地の悪い異世界になってしまう。同じことがフェミニズムや宗教のケースにもいえる。嫌煙権の必要を説けば発言者は「タバコ嫌いだからこういうのだ」と見られ、信教の自由を説けば特定教団の手先のようにいわれてしまう。フェミニズムを語る女性も同様である。素朴なイデオロギー論によって、ことばが構造的に歪められてしまう。それは発言が相手にとって敵対的情報であるからだ。敵対的であるために受け入れたくない。

伊佐山芳朗が指摘するように、いくらタバコがよくないと思っていてもかんたんにはやめられない。やめられないとなると、それに対する否定的な知識は自分のなかで矛盾してしまう。そこで敵対的情報を否定して心理的葛藤を減らすために、その知識そのものを経験的に打ち消そうとしたり(「ウチのオヤジはヘビースモーカーだけど長生きしたよ」「かえって頭のなかがスッキリする」といった発言)、あるいは「喫煙の自由」をもちだしたり、嫌煙権を主張する人の人格や性格を悪くいうことになる。●43あるいは「タバコより反核だよ」といった序列主義をもちだして自己正当化をはかるケースもあるという。●44

「……はこまる」ということばが同一共同体内では通用しても、外集団にはまったく異なる文脈と意味を付与されてしまう。話想宇宙の拡大は共同体の拡大とともにしばしば困難になってゆく。それがもっとも身近にあらわれるのが喫煙問題なのである。

近年の日本では、公共的空間における分煙化や禁煙化の流れが定着しつつある。これも社会運動によってつくりだされた社会の「自省」であるが、具体的には、敵対的情報を受容する「見識ある市民」の成熟があってはじめてできることだ。

11-3-4: 能動的な受け手として

わたしはこれまでの議論でわたしたちが「主体」であることを一貫して強調してきた。しかし、じっさいにわたしたちは多くの社会関係において受け手であることを強要されている。マス・メディアの受け手(視聴者・読者)、選挙活動の受け手(有権者)、医療の受け手(患者)、教育の受け手(学生)、商品の受け手(消費者)……。だからこそ「主体」であることをあえて強調しなければならなかったのだが、そうはいっても、わたしたちが明日から新聞記者になれるわけでなく、医者や教授になれるわけではない。そうではなくて、問題なのは、わたしたちがそのような受け手であるとき、わたしたちはその社会関係において送り手に対して無力な客体(対象)として自分を捉えがちである一方、その関係の外部に「主観としての自分」を孤立させていることなのだ。そんなとき、わたしたちは、主体として能動的に関与する自分を見失いがちである。

そこでわたしは「能動的な受け手」という概念をリフレクションの重要な要素として提起したい。

そもそも「能動的な受け手」(active audience)とはマス・コミュニケーション受容研究とくに「利用と満足研究」(uses and gratifications research)における基本前提となる概念である。ふつう「受け手」というと受動的な存在に決まっているではないかと思われるかもしれないが、マス・コミュニケーションの影響力を調査していくと、受け手はけっこうガンコでワガママなので、マス・メディアから送られてくるメッセージをそのまま受容しないで、自分勝手に、あるいは自分につごうのよいように解釈する。そもそも気に入らないメディアとは接触しない。受け手はマス・メディアをきわめて選択的に利用するのである。

マス・コミュニケーションにおける受け手は、このようにくわしく見ていくと、たんなる受動的な存在ではないのだが、まだその能動性は完全なものとはいえない。それはたんに先有傾向に支配された保守的な生活者にすぎない。つまり、そこには社会学的な感受性に裏打ちされた意思がない。それがあってポジティヴな意味で「能動的な受け手」なのである。

受け手であることを強いられるあらゆるコミュニケーションに対して「能動的な受け手」であること──これこそ現代における有効な抵抗であり、社会を改訂する日常的な実践になるのではないか。病院のなかで、大学や学校のなかで、選挙運動に対して、メディアに対して、あたかもジャーナリストのように、積極的に知識を集め、隠された秘密を引きだし、事情通になり、対話を積み重ね、優位に立つ送り手に対抗していく「能動的な受け手」に。

11-3-5: 現在形の社会学

社会学者もがんばって仕事をしなければならない。専門職としての仕事ももちろんたいせつで、その積み重ねの上でさまざまな重要な知見もまた発見されるのだが、それとともに「見識ある市民」「自省的市民」としての仕事もしなければならない。これは従来「知識人」の名の下に語られてきた仕事であるが、もはや「知識人」という特権階級を認めるわけにはいかない。そのなかでとくにわたしが重要と考える領域がふたつある。ひとつは「時代診断」、もうひとつは「公共哲学」である。前者は「いま」をあつかう点でジャーナリスティックであり、後者は専門家ではない人たちに語りかけるという点でジャーナリスティックである。したがって両者はともに「社会学のジャーナリズム化」と括るべき方向性といえよう。最後にこの点を強調して、リフレクションの錯綜した迷路をでることにしよう。

第一の「時代診断」についてはカール・マンハイムの「時代の診断学としての社会学」の構想が有名であるが、むしろわたしは「時代診断」を取り込んだエドガール・モランの「現在形の社会学」構想にひかれる。●45「現在形の社会学」は「できごと」をあつかう。「できごと」とは、社会のなかのまったく新しい現象のことである。わたしたちがふだん「ニュース」ということばで語っていることがらに見合う現象といってもよい。それはシステムを撹乱し、構造をゆるがし、不測の事態を招き、権力や人びとに脅威を与え、しばしば病理的である。それは「統計的な規則性のなかには含まれないあらゆる事柄」である。●46たとえば、うわさによって生じたパニックであったり、地域紛争や大学紛争であったり、暗殺事件であったり、事故や流行や風潮である。それらは社会に対する既存の見方や考え方を大きくゆさぶる。それらでは十分解読できないからである。したがって、このような「現在形の領域」を研究するには、独特のフィールドワークが要請される。モランは「研究者の個人的な感性を抑圧するのではなく、むしろその感性に頼る」ことを含めた最大限の観察をおこない、場合によっては状況に介入することさえするべきだという。●47

「現在形の領域」における社会学者の仕事は、その具体的作業においてはジャーナリストのおこなうルポルタージュとほとんど変わらない。ただ理論との通路が意識されているかどうかの差である。たとえば、社会学者の佐藤郁哉による『暴走族のエスノグラフィー』と、フリー・ルポライターの吉岡忍による『墜落の夏』を読みくらべてみても、たしかに想定された読者層のちがいによる文体のちがいや理論志向の有無はあるけれども、いずれも社会学的感受性を駆使して「できごと」の全体性と社会的意味を捉えようとする強い意志に貫かれている点で共通している。●48

現実との通路のない社会理論は無効である。社会学にはもっと生々しさが必要だ。蒸留されすぎているのではないか、哲学のように……と思うときがある。社会学はいま新しい資質を求めているといえるだろう。●49

11-3-6: 公共哲学としての社会科学

第二の方向性は「公共哲学」(public philosophy)として社会学を生かすことである。

ロバート・N・ベラーとその共同研究者たちは、アメリカ人の個人主義を丹念に調査した『心の習慣』の付論のなかで「公共哲学としての社会科学」について述べている。この印象深い一節において、かれらが必要だと主張する「公共哲学」は次のような性格をもつ。

第一に「同時に哲学的でも歴史的でも社会学的でもあるような創観的(synoptic)な見方」である。●50第二に、それは「社会自身の自己理解あるいは自己解釈の一形態」であり「社会に向けて鑑を掲げる」ことである。●51第三に、それは価値をあつかう。「こうした社会科学は、現在ばかりでなく過去もまた探ることによって、また『事実』と同じほどに『価値』にも目を向けることによって、定かには見えない連関を見出し、困難な問題を提示することができる。」●52第四に、それ自身が対話的なコミュニケーションの実践である。「公共哲学としての社会科学は、たんにその発見物が学者世界の外の集団や団体にも公共的に利用可能あるいは有用であるから『公共的』だというのではない。それが公衆を対話へと引き込むことを目指しているから『公共的』なのである。」●53

このような「公共哲学としての社会科学」に対して「狭く職業的な社会科学は、無能というよりも無関心であった」という。●54シュッツの用語でいえば「専門家」としてではなく「見識ある市民」として研究することに現代の社会科学者は関心をもってこなかったことを反省しているのである。

かれらが社会学者であるのはおそらく偶然ではない。社会学にはそうした水脈がたえず流れていたのだから。たとえば、一九五九年にC・ライト・ミルズは次のように述べていた。「個人的問題をたえず公共の問題に翻訳し、公共の問題をそれがさまざまの人びとにとっていかなる人間的意味をもつのか、という形に翻訳すること、それが社会科学者の──すべての教育者にとっても同じであるが──政治的任務である」と。●55ベラーたちと、社会学は「一種の公共的な知的装置」であるというミルズのこの考え方とは根は同じである。●56本書で頻繁に引用してきたミードやグールドナーやハバーマス──わたしはそれを「反省的知識の系譜」と呼んできた──もこの水脈に属している。

極度に専門分化した社会科学をそれはそれとして生かしながら総合し、トータルに社会のあり方を考察し、よく磨かれた鏡のように自分たちの社会を映しだし、人びとの反省能力を高め、人びとのあいだに合意形成の意思をもった対話を誘発する知識──公共哲学としての社会科学とはこのようなものであろう。個別領域ではなく全体社会を対象とする社会理論の意義もここにある。ハバーマスがいうように「社会理論が自らの固有の力でなし得ることは、凸レンズがもつ光線集束の力に似ている。社会科学がもはやいかなる思想を燃えたたせることもできないとしたら、その時こそ社会理論の時代は終りを告げることになるだろう。」●57

最後に、グールドナーの印象的な一節を引用して、このリフレクションの旅を終えたいと思う。この錯綜した旅にここまでつきあっていただいた読者にはかれの真意を理解していただけると思う。社会学が一種の公共哲学として思想的意義をもつ科学であるのは、おそらくこのような意味においてである。

「社会学の再生は、無論のことながら、社会の再建の一側面をなすものである。明らかなことは、われわれは社会に関する自分たちのきまりきった考え方を批判的に改めないかぎり、社会を再建することはできないということである。それと同時に私が言いたいのは、われわれが新しい社会を欲する理由のひとつは、その社会のなかでなら、人々は嘘や幻想や虚偽意識といったものなしによりよい生活を送ることができるかもしれないという点にあるのだ。われわれが欲している新しい社会とは、なによりもまず、人々がおのれ自身と自分たちの社会的世界とがいかなるものであるかを、よりよく理解し話すことができるような社会である。言いかえるなら、新しい社会の目標とするところは、ある程度までは、新しい社会学を産み出すことにあるのである。」●58

『リフレクション』第六章 高度反省社会への課題(2)リフレクションの実践

野村一夫『リフレクション──社会学的な感受性へ』第六章 高度反省社会への課題(2)リフレクションの実践

新しい社会運動

民主主義においては、そこでなされた決定に対してその影響を受ける者が有効な声をあげることができなければならない。しかし、権力作用によって、現実の社会的空間においてコミュニケーションは歪められてしまっている。このディスコミュニケーション状況の大海のなかに市民的公共圏を構築しなければならない。そう考える人たちがいて、そうせざるをえない状況に追い込まれた人たちがいて、排除された〈声〉を重点的に拾い上げ、有効に社会的コミュニケーションに組み込む実践によって、コミュニケーションに対称性をもたらし、積極的かつ能動的に社会の改訂に参加しようとする行為が存在する。それが「新しい社会運動」である。

「新しい社会運動」は一九六〇年代後半以降に先進諸国に出現したさまざまな社会運動に対してフランスの社会学者アラン・トゥレーヌが与えた総称である。●16差別撤廃運動・フェミニズム運動・環境保護運動・地域的課題についての住民運動・反核運動・消費者運動・患者運動・公害被害者救済運動・反原発運動・同性愛運動・平和運動・えん罪被害者救済運動・報道被害者救済運動・少数民族運動・地域分権運動・反精神医学運動・非学校的教育実践運動・コミューン運動・ゴルフ場開発阻止運動・嫌煙運動・有機農法運動・子どもの人権運動など、それはあらゆる問題圏におよんでいる。これらを一括して捉えることはほとんど不可能といってよいが、しかし、これらにはある程度の共通点があり、またそこにこそ時間的な新しさだけでなく構造的な新しさがある。では、その何が新しいのか。●17

それは第一に、ライフスタイルの自己決定権を要求することにある。かんたんにいえば「自分の生き方は自分で決める」という明確な態度がそこには存在する。社会運動はこのポジティヴな価値観の実践としておこなわれる。かつての労働運動を中心とする社会運動の眼目はもっぱら富の配分に関わるものだった。ところが「新しい社会運動」はむしろ生き方つまりライフスタイルを問うのである。たとえば、主題になっているのは、豊かな自然環境・生活スタイル・性的アイデンティティ・自己実現・参加・民主的権利・平和といった脱物質的な価値と要求である。産業社会すなわち国家と経済のシステムを貫く「物質的な貧困からの脱出」という価値に対して「エコロジカルな貧困と日常生活における意味と間主観性の貧困からの解放」がそこではめざされるのである。●18いわば「生活の質」に向けられている「新しい社会運動」のこのような特性について、ハバーマスは巧みに「制度化された富の分配をめぐる抗争」ではなく「生活形式の文法の問題」が焦点になっていると括っている。●19たとえばフェミニズム運動の場合は社会に遍在している男性中心の生活形式(ライフスタイル)を変えることに大きな目標がある。

第二に、性・人種・民族・世代・障害などの属性によって差別や格差が生じることへの異議申し立てと平等要求が中心になった運動が多いということ。つまり属性をめぐる闘争が重要な位置を占めている。その属性は、社会のなかで不当に否定的にあつかわれている属性であり、産業社会の中核的システム(国家・政党・大企業・労働組合)から排除された属性である。それゆえ属性的要因によって生活が左右されやすい人たちが担い手になっているし、既成の労働運動ではまったく話にならないのである。しばしばアイデンティティ追求の運動の色彩を帯びるこの種の社会運動は、結果的に、異議申し立て活動を正当化し、排除された〈声〉の復権をめざすコミュニケーションの実践になっている。それ自体が、理想的なコミュニケーション共同体を構築する有効な実践なのである。それは、社会全体の学習能力を高める機能を担い、社会のリフレクションの触媒の機能を果たす。

第三に、「新しい社会運動」はネットワーキングなどの運動形態をとることが多い。つまり、組織原理の優先した抑圧的な運動ではなく、自律的個人を優先する運動形態をとる。これは、参加者を数でしか捉えない結集中心の運動方式への反発も背景にあるが、重要なのはむしろ個人の自律性・自発性・能動性の尊重である。大文字の大義ではなく、個人の生活が主題であるから、当然といえば当然である。となると、運動の内部におけるコミュニケーションも、従来の運動組織に見られたトップダウン式の一方向的なものではすまなくなる。運動体内部自体がひとつの市民的公共圏であることを要請される。●20

このように「新しい社会運動」は、社会に自省をもたらすコミュニケーションの実践である。もちろんすべての運動を美化するつもりはないが、少なくとも以上のような潜在的な力をもっているのである。

「受苦忘却」型から「受苦覚醒」型へ

個々の社会運動がテーマ化する社会問題は、その多くが高度に複雑化した巨大な事象である。それは事象の内部にいる者にとっても、外部にいる者にとっても、不透明な現実である。それは反省的なコミュニケーションを困難にする。この複雑化した社会問題をより反省的にする方向性はないものだろうか。

ここでも受苦圏と受益圏の対概念が有効である。梶田孝道によると、一九六〇年代の高度経済成長以後の現代日本における開発問題は「漸進的グロテスク化」したという。狭い国土のなかで、日増しに高まる電力需要・交通需要・石油需要・水需要・ゴミ処理需要に対処するために、スケール・メリットを追求しシステムを拡大する方向で開発事業がおこなわれたために、施設はますます巨大化し、施設の周辺住民にとってはグロテスクなものと化していった。大規模化した開発事業では受苦はごくかぎられた地域に集中し、受益は全国的規模に拡散する。●21

そして梶田は次のようにいう。「受益圏の拡大と受苦圏の局地化」という状況下では、受苦圏の人びとは放置され、開発主体であるテクノクラートはこの受苦を回収せず、受益圏の人びとの欲求の増大に追従し、受益圏の人びとは自分たちの欲求充足の行為の集積が受苦圏を発生させている事実を忘却し無感覚・無責任となる。紛争当事者として登場するのはテクノクラートだが、かれらが代弁している当の受益者が自分のことと気づかない。とりわけ大都市の新中間層居住地域はまさに「多種類の受益圏の集積したもの」「各受益の享受にともない受苦を外部へと放置してきた存在」なのである。●22それゆえ梶田はこのような状態を生みだす開発を「受苦忘却型」かつ「受苦放置型」と指摘する。受苦圏から空間的にも社会的にも遠く離れた受益圏の人びとにおける「欲求の無限増大」と「共通問題の共同処理への無関心」が、問題の解決をむずかしくしている最大の要因である。

それに対して小規模開発の場合は受益圏と受苦圏が重なる。その場合は地域住民に問題が十分自覚されやすくなる。当然、葛藤はあるが、それによって受苦の回避ないし補償の努力が払われやすくなる。梶田はこのような開発を「受苦覚醒型」かつ「受苦回収型」であるとする。そして「日常生活の知覚レヴェルにおいて『受苦忘却』的であるか『受苦覚醒』的であるかという点での相違が、問題解決のうえで大きな意味をもっている」と梶田は強調する。●23かれがここで語っているのはもっぱら開発問題についてだが、同じような構造が社会問題全般にも観察できると思う。

つまり人びとが「受苦覚醒」的なリフレクションをおこなうには一定の適正規模があるのではないか。すなわち、不可視性を高める巨大なシステムを「受苦忘却」型から「受苦覚醒」型へ転換するにはシステムの縮小が必要ではないかということである。おそらく地方分権化の議論はこの文脈に位置づけ可能である。「受苦覚醒」型になれば、おそらく地域紛争はふえるにちがいないけれども、「相互了解」つまり「合意」という理想へ向けた反省的コミュニケーションを活性化させやすくなることはまちがいない。

環境問題と生活環境主義

近年急速に問題化し、常識的知識としても定着しつつあるものに環境問題がある。環境問題が問題化すること自体は、「見識ある市民」の成熟と、社会のリフレクションのひとつのあらわれにはちがいない。しかし、環境問題に対するスタンスのとり方にまったく問題がないかといえば、そうともいえない。その一例を見てみたい。

琵琶湖のフィールドワークに携わった鳥越皓之たちの研究グループは、環境の改変に対する態度をおおよそ三つに整理できるとしている。●24

第一に近代技術主義。たとえば、大雨が降ると増水して集落を水浸しにしてしまう川と湿地帯に対して、住民を洪水から守るために、川を直線化し、三面コンクリート張りにする、さらに車道を広げるために暗渠にするといった発想がそれである。この立場によると、たとえば水源地の水は「資源」と捉えられる。資源とは「利用・開発されるべき自然」のことに他ならない。●25

第二に自然環境主義。自然保護運動はこれに立つ。人の手が加わらない自然がもっとも望ましいとする立場である。先ほどの例の場合では、湿地帯のアシ群生を守り、川のコンクリート化による生態系の破壊を拒否することになる。

日本の場合、行政当局による巨大開発は近代技術主義に立つことが多い。また環境問題に関わる研究者やプロジェクト担当者も、そのほとんどが自然科学畑の人たちであるため、近代技術主義と自然環境主義がそれぞれ力をもち鋭く対立してきた。近代技術主義は「住民を守る」といいながら、開発によってその生活を破壊することがしばしば見られる。それに対して自然環境主義は今日のエコロジー・ブームのなかで多くの支持をえてきている。都市型マス・メディアもまた、自然へのノスタルジーから安直に自然環境主義に立つことが多い。この立場は一見「正義の味方」的なニュアンスでもって受け取られたり表明されたりするけれども、ともすれば「自然科学博物館構想」に陥りがちで、そこに居住する人びとの生活のことを無視してしまう傾向をもつ。たとえば琵琶湖の湖岸堤工事によってヨシ原がなくなるとき、地元住民に「琵琶湖の自然が破壊される」との危機感はなく、むしろ「今じゃだれも使い手がなく、ゴミばかりがひっかかっている。ヨシを守れというなら、言うもんがちゃんと手入れをしてくれ」●26と感じている。このように自然環境主義は生活現場から遠い地点にいるからこそ可能な論理でもある。

そこで鳥越は第三の立場として生活環境主義を提唱する。生活環境主義はその地域社会に生活する居住者の立場に立つ。生活の必要に応じて自然環境の「破壊」も認める。先ほどの川の例では、雨水の浸透や鮎の産卵場所の確保のために川底をそのままにして両岸だけをコンクリート化するという選択をすることになる。この立場は、あるときは自然を破壊し、あるときは大規模開発を拒否する点で、前二者に対して独自である。

鳥越たちによる生活環境主義の選択は、琵琶湖という具体的フィールドのなかで模索されたものであるだけに、他の二者の選択よりも相当現実的であり、それゆえ非常に複雑なプロセスへの関与を強いるものといえる。というのは、近代技術主義の発想だと、人間につごうの悪い自然は変えてしまえばいいということになるし、全体の利益のために必要な場合には、そこに住んでいる人間にも変わってもらう──生活様式を変えてもらうか、どこかに移転してもらう──という一貫した態度で済む。要はコストの問題である。一方、自然環境主義の場合は、そこで生活していないのだからもともと無責任なものである。それゆえ住民の生活上の不便さや災害による苦しみは二次的なものと決めつけることができる。「ありのままの自然」こそが第一に配慮しなければならないことだ、と。しかし、生活する人びととその人たちをつつみ込む社会的なプロセスを極端に単純化している点で、いずれも反省的とはいえないとわたしは思う。

いずれにせよ、わたしたちは環境問題を考えるとき、知らず知らずのうちに自然科学的発想に立ってしまっている。たしかにこのこと自体にはそれなりの有効性はある。近代技術主義ののいうように工学的技術を駆使して準備しておけば将来の大災害から人命を救うことができるし、自然環境主義のいうように人の手の加わらない自然の自己完結的な摂理に畏敬の念をもつこともできる。しかし、そのときわたしたちは具体的な社会生活の複雑性をすっかり忘れてしまっているのではないか。そこに生活している人びとと自分の生活とその他大勢の人びとの生活の連関性を。

生活環境主義から見えてくるのは、この複雑な社会的連関性である。古くからの住民の地域環境に関する知識、人びとの道徳、環境史、「言い分」をめぐるダイナミックな意思決定のプロセス、汚染のメタファー、語られることば、集団形成、突如始まる合意、そして住民の自己反省……。環境問題が「問題」であるのは、じつはこちらの方であり、それを無視してはリフレクションの実践たりえないのである。

政治的社会化と社会科学教育

日本人の場合、市民的公共圏の話はほとんど異文化であるといっていいかもしれない。たとえばジャーナリズム論の原寿雄は、日本には「国家的公共性」しか存在しなかったとし「市民的公共性」への転換が必要だと述べている。●27なるほど日本人はあらゆる議論を「ホンネとタテマエ」図式に押し込めてしまう。「あるべき」論がからむと「そんなのタテマエにすぎない」でおしまいである。このような捉え方は、公共性が「お上」に代表されていた「国家的公共性」に長年慣らされてきたせいかもしれない。ごく大ざっぱにいうと、日本には市民的公共圏のような言論空間が存在しなかったのである。

市民的公共圏の活性化は、参加者のコミュニケーション能力に依存する。この能力は生涯を通しての社会化によってたえず更新されている必要がある。「いま、ここ」についての事実に習熟した「見識ある市民」「自律的市民」でありつづけることが不可欠である。その人たちのコミュニケーションの実践が市民的公共圏を活性化させ、「反省する社会」の重要な担い手となる。そしてそのコミュニケーションの実践のなかから次の世代の「見識ある市民」の社会化が可能になる。第一に個人としての「見識ある市民」「自律的市民」、第二に関係・行為としての「コミュニケーション」、第三に場としての「公共圏」「反省する社会」──この三者は相互依存の関係にあるわけである。したがって、制度の成熟も必要だが、主体の成熟も必要なのである。しかし、以上のような理由から、日本においてこのような社会化は必ずしも達成されていない。

このような社会化を既成の社会学用語で正確にあらわすと「政治的社会化」(political socialization)という。市民的公共圏と連動する政治的社会化を構想すると、重要な内容は社会科学とジャーナリズムであり、重要なエージェント(担い手)は学校とマス・メディアである。●28

小中高校教育における社会科学教育は、児童生徒の成人性をあらかじめ期待できないという限界があるにしても、たいへん貧弱である。教科書を見るかぎり、たとえば「公民」それ自体は社会科学入門というより法律制度と経済制度の学習にとどまり、ニュースの視聴にさえ役に立たない。「現代社会」も同様である。現場の教員の力量と努力に依存するところが非常に多いのが現状である。とくに社会学教育は非常に立ち遅れている。それはたとえば数学教育や文学教育などと比較してみるとき歴然としている。

さて、大学教育・専門学校教育になってはじめて本格的な社会科学が登場するわけであるが、社会科学の専攻学部でない場合は、事情はあまり変わらない。それは一般教育科目として、しばしば大教室でおこなわれ、しかも「初歩」だからということで基礎概念や学説史に終始しがちである。社会科学においては理論的討議が重要な意味をもつにもかかわらず、二百人以上の大教室では事実上不可能である。近年注目されている新聞利用教育(NIE)もレポート形式にするしかないだろう。この傾向は大学設置基準の「大綱化」の影響で、専門重視の方針と対をなしてますます強化されている。こうして、専門職やテクノクラートや企業管理職として社会の「システム」の担い手になるかれらが「見識ある市民」「自省的市民」として自己定立するイニシャル・ステップは往々にして失敗してしまうのである。

さらに成人教育を考えてみると、さらに希望をもてなくなるが、現代日本の場合はマス・メディアが事実上、成人の社会化機能を引き受けているといってよく、ジャーナリズムのなかに社会科学が導入されることが社会のリフレクションを高める上でたいへん重要である。これは第一にジャーナリスト教育(とくに中堅の再教育)に社会科学を取り入れること、第二に個々の問題に関して社会科学者の協力をえることである。

ところでカレル・ヴァン・ウォルフレンが『日本/権力構造の謎』の「儀礼とおどし」の章の「みんなと一緒の儀式」の項に──この位置づけが重要なのだが──次のような一節がある。「学者の間でさえ、慣習にしたがうことが真理の探究に徹するよりも重要とされる。そこで、自尊心の高い日本の学者は、最近の政治動向や時事問題を取り上げようとせず、ジャーナリストにまかせる。このような問題は雑談の領域に属するものと考えているようである。」●29ジャーナリストとの協力関係がマス・メディアを媒介とするコミュニケーションに反省性を高めるにもかかわらず、社会科学者にこうした傾向があったことは事実である。しかし、この傾向は世代交代とともに近年大きく変わりつつあることもたしかで、とくに若手の政治学者の活動が注目される。

ここでひとつの例を提出しておきたい。一九九三年に生じたテレビ朝日報道局長の証人喚問事件である。問題となった発言については、ジャーナリズムに携わっている者自身が自分たちの行為を反省的に捉え損なっていることを浮き彫りにしており、しかもその発言を問題化した産経新聞の伝え方にも問題がある。けれどもここで取り上げたいのはその後の議論である。国会やメディア上の議論において大前提とされていたのは「マス・メディアの影響力は絶大である」ということだった。「だから偏向報道は問題だ」ということになるし「だからジャーナリストは襟を正すべきだ」ということになる。しかし、すでに述べたように、メディアの影響力についてはさまざまな説があり、しかも単純ではない。名指しされた「ニュース・ステーション」にしても、力を入れていた「選挙に行こう」キャンペーンはむしろ史上最低の投票率という事実によって、むしろ無力さをこそさらしていたのではなかったか。また、一般企業とちがって放送局は個人やチームの自律性が格段に高いという独特の組織文化をもつことについて考察が薄いのも気にかかることである。つまり、報道局長の意図によって政権交代したかどうかは慎重な経験科学的分析にゆだねられるべきことで、科学的検証に耐えられないことを前提に議論するのはきわめて危険である。こういうときこそ「社会科学的ジャーナリズム」●30が必要なのである。

そもそも視聴者や読者は、ステレオタイプなコメントのくりかえしを望んでいるのではない。「ほんとうにそういえるのか」を知りたいのである。リフレクションの要求が潜在的に存在したはずだ。「潜在的」と書いたのは、この場合、アナウンス効果について科学的な研究が存在すること自体が一般に知られていないからである。多少の難解さをいとわず、ジャーナリズムはもっと社会科学を「引用」すべきではないかと思う。

さらにわたし自身は「ジャーナリズムの社会学化」「社会学的ジャーナリズム」を主張したい。けれども、ここはそれを主題に展開できる場所ではないので、一点だけ理由を指摘しておきたい。それは社会学だけが「総合的認識」をもともとめざした社会科学であるということだ。現状の社会学はフィールドによる専門分化が著しいが、それでも「総合的認識」を放棄したわけではない。たとえば社会科学や哲学・言語学に通暁したハバーマスは「社会学は社会科学的学問のなかでただ一つだけ、社会全体の問題に関係をもち続けてきた。社会学は、つねに社会の理論でもあるのだ」と述べている。●31現代社会に生じるできごとは、もはや単一の要因によって生じるのではない。非常に複合的な現象である。しかも全体社会の文脈を考慮しないかぎり、ひとつの現象や事件を分析できなくなっている。その意味で社会学の有効性はますます高くなっていると思う。

すでに述べたように、日本には、私人たちが集合し国家に対抗する市民的公共圏はほとんどなかったといってよい。たしかにそれは戦後少しずつ成長はしてきたが、日本社会の指導原理にはなっていない。したがって、これまで論じてきたような理念を内に秘めた社会学に接することは、多くの日本人にとっては一種の異文化体験であり、それはときには「地理的移動を伴わない『カルチャー・ショック』」を引き起こすこともありうる異文化間コミュニケーションである。●32しかし、それだけに社会学はこれからの日本社会に必要な〈リフレクションの実践〉なのである。

高度反省社会はいかにして可能か

社会の反省性もしくは自省性を高めるには、これから何が必要だろうか。市民的公共圏と呼べるものを構築し定着させるにはどのような条件と努力が必要だろうか。この章ではこの問題について考えてきた。もちろん結論を下すには遠いまでも、これまでの議論から導かれるさしあたりの方向性をまとめておきたい。

まず第一に、知識の社会的配分の偏在性の解消。知識はそれが大きな影響力をもつほど独占されがちである。一般的に知識は政治権力や経済権力の方に偏って配分されている。具体的にはテクノクラートや専門家や利害関係者に偏っている。これを均等かつ公正に再配分するしくみが必要である。第二に、リフレクションを活性化させるようなコミュニケーション制度の構築。情報産業の巨大化が必ずしもコミュニケーションの反省作用を活性化することにならないことは、すでに「権力のことば」「消費のことば」として示唆しておいた。個人ひとりひとりが「見識ある市民」の資格においてリフレクションを発動できるようなコミュニケーション環境が必要である。第三に、異議申し立て活動の正当化。排除された〈声〉をとくに重点的に拾い上げ、有効に社会的コミュニケーションに組み込む実践が必要である。それによって、歪められたコミュニケーションに対称性を確保することができる。第四に、生涯を通しての社会科学教育の充実。市民的公共圏の活性化は、参加者の反省的なコミュニケーション能力に依存する。この能力は生涯を通しての社会化によってたえず更新されている必要がある。ここでもマス・メディアの役割は大きい。

さて、以上の四点をひとつの包括的概念に括ってみよう。わたしはそれを「ジャーナリズム化」もしくは「ジャーナリズムの拡張」と括りたいと思う。社会学に「ジャーナリズム」概念を持ち込むことのリスクは承知しているが、やはりこれは「ジャーナリズム」でなければならない。ふつう「ジャーナリズム」ということばはマス・メディアの報道活動の意味で使われるが、もともとは「あるべき」理念的な活動をさしている。「それがジャーナリズムといえるのか!」「そんなものジャーナリズムじゃない!」などというときの「ジャーナリズム」はそのような規範的理念である。では「どうあるべき」なのか。ジャーナリズム論の新井直之によると「ジャーナリズムとは、いま伝えなければならないことを、いま、伝え、いま言わなければならないことを、いま、言う行為、である。『伝える』とは、いわば報道の活動であり、『言う』とは、論評の活動である。それだけが、おそらくジャーナリズムのほとんど唯一の責務である。」●33ここで強調されているのは「いま」である。「あとでゆっくりと」ではない、「いま」である。ここにこそ「ジャーナリズム」でなければならない理由がある。

コミュニケーションは送り手だけの独占物ではないから、「言う」「伝える」に「知る」「聞く」「見る」「読む」「考える」をつけ加えよう。プロのジャーナリストたちも「言う」「伝える」の前にすさまじい勢いで「知る」「聞く」「見る」「読む」「考える」を実行しているわけだから、じっさいこれらは一体のものである。わたしたちはマス・メディアに対しては受け手ではあるが、その能動的な利用において潜在的にジャーナリスト的存在なのである。戸坂潤は戦前に「元来から云うと、一切の人間が、その人間的資格に於てジャーナリストでなくてはならぬ。人間が社会的動物だということは、この意味に於ては、人間がジャーナリスト的存在だということである。」●34と述べているが、その通りだと思う。

「見識ある市民」「自省的市民」がたえずジャーナリスト的存在であろうとして、それぞれの社会的位置に即したさまざまなコミュニケーションの実践──知る・聞く・見る・考える・言う・伝える──をしていくことによって、社会の「自省」が活発に作動する。そして「社会は諸個人の自省的行為を媒介としてみずからの構造を変えていくのである。」●35このようなプロセスを「高度反省社会」と呼ぶことは可能だろう。わたしたちにとって必要なのは、送り手中心の「高度情報社会」ではなく、市民の透明な自己理解を可能にする「高度反省社会」の方ではないだろうか。


『リフレクション』第五章 コミュニケーション論の視圏(3)市民的公共圏の理念

野村一夫『リフレクション──社会学的な感受性へ』第五章 コミュニケーション論の視圏──〈反省する社会〉の構造原理(3)市民的公共圏の理念

現代日本の公共性概念

前節では第二水準に即してコミュニケーションの因数分解のような話をしてきたが、今度は第三水準に即してマクロな社会的場面へ開いて展望し直してみよう。第三水準における話想宇宙、あるいは理想的発話状態が期待されているマクロな社会的空間──それは「市民的公共圏」と呼ばれる。この節で検討するのはこれである。

しかしその前に、日本語の「公」ということばにふくまれているふたつの意味を区別しておかなければならない。たとえば「公職」「公立」「公共事業」「公費」の「公」は国や地方自治体などの統治機関をあらわしている。つまりそれは公権力のことである。したがって対立概念は「私」である。それに対して「公衆」「公民」「公開」「公表」「公会堂」「公益」の「公」は社会の人びとの集合をあらわしている。社会のメンバーの「だれもが」参加する・知ることができる・出入りできる・利益を受ける……といったことである。つまり「開かれた公的領域」をさしている。したがって対立概念となるのは「閉ざされた私的領域」であるが、同時に「公権力」とも対立するものなのである。

現代日本語として流通している「公共」ということばは、じつは以上のふたつの異質な意味を思慮なく混同させたまま使われている。「公共性」「公共の福祉」といわれるとき、これは同じ社会に暮らす「みんな」──「私」の集まり──に関係する事態であることを意味する。公権力はそれをいわば代行して進めているにすぎないわけだが、じっさいには、公権力が進めているから「公共的」であるかのように事態が進められていってしまう。ここでも一種の物象化的錯視が生じている。

もう少し具体的に説明しよう。船橋晴俊は、公共性概念が社会的合意を形成する共通基盤になっていないと指摘する。船橋によると、その大きな要因は、公共事業の規模の大幅な拡大によって受益圏と受苦圏が完全に分離してしまい、公共性の内容が変質してしまっていることによるという。つまり、図書館や公民館の建設のように小規模な公共事業の場合には、受苦が比較的軽く、その防止や補償がわりあいかんたんである。しかも、受益圏と受苦圏はほぼ重なっている。そのような状況において公共性はある程度の正当性をもつといえる。ところが、新幹線や空港のように大規模な公共事業は、受苦の質と量が深刻で、その防止と補償はきわめてむずかしい。しかも、受益圏と受苦圏はほぼ完全に分離しており、事業の担い手としての巨大組織──公権力かそれに類した法人──は受苦圏の人びとの意思を反映できない。このような状況において、公共性概念は「事業予定地でそれまで生活してきた人々に対して立ちのきと生活再編を要求する、うむを言わさぬ論拠として作用」するとともに、「加害者を免責し、被害救済を拒否し、受忍限度の引上げを正当化し、被害者を未解決状態に閉じこめる作用を果たし」しかも「住民運動にマイナスイメージを植えつけ」る装置として作用する。つまり現代日本の「公共性」概念は被害者救済を阻止する機能をもたされているのである。●15

このように「公共性」概念は今日の日本では「権力のことば」と化している。わたしがこれから「反省のことば」として説明したいのは規範的理念としての公共性であり、だからこれと差異化しなければ議論が混乱してしまう。そこで花田達朗の提案にしたがい、本書では「公共性」ということばをいったんペンディングしておき、かわりに「公共圏」を使うことにする。●16

市民的公共圏

もともと「市民的公共圏」(die bu`rgerliche O`ffentlichkeit)という概念は、近代初期の西欧社会に成立した歴史的現象をさす歴史概念である。つまり「あるべきこと」ではなく「すでにあったこと」をさすことばである。ハバーマスによると、公共圏の考え方は古代ギリシャにあったものだが、それが初期資本主義による商品と情報の流通の発達のなかで、公権力に対抗するために、公衆として集合した民間人(市民)によって形成された社会的空間である。●17具体的には一七世紀後半から一八世紀にかけてサロン・コーヒーハウス・会食会などに集った市民たちの議論がそれである。そこには共通の基準があった。第一に「そもそも社会的地位を度外視するような社交様式」「対等性の作法」。第二に「それまで問題なく通用していた領域を問題化すること」。教会や国家による上からの解釈から自由に討論する。第三に「万人がその討論に参加しうること」つまり原理的な公開性。●18これらの基準に則って文芸・演劇・音楽作品が自由に批評され(文芸的公共圏)、その焦点はやがて政治的問題に移っていった(政治的公共圏)。新聞などのジャーナリズム活動はこの市民的公共圏から派生したものである。政治的公共圏はやがて国家機関として制度化される。公共圏が国家機関の手続き上の組織原理になったのである。しかし一九世紀になると、市民的公共圏が前提していた私的領域と公権力領域の分離の構図がくずれて、近代の基本原理だった市民的公共圏は操作的公共圏へ構造転換することになる。「批判的公開性は操作的公開性によって駆逐される。」●19今日わたしたちが経験するのは市民的公共圏の変質したものである。

市民的公共圏の原型は一八世紀イギリスのコーヒーハウスに求めることができる。ルイス・L・コーザーによると、一八世紀初頭のロンドンには約二千軒のコーヒーハウスがあり、そこではカウンターで一ペニー払えば、だれもが対等かつ自由に会話や討論に加わることができたという。●20あるときはだれかが読み上げるニュースを聞き、あるときは詩人や批評家の自作朗読を聞いたり、それに対するさまざまな批評を聞くことができた。そこでは身分や礼儀作法・道徳とは関係なく個人が評価された。「コーヒーハウスは身分差を解消した。しかもそれと同時に、新たな統合形態をつくり出した。すなわちコーヒーハウスは、共通の生活様式や共通の家系に基づく連帯を、共通の意見に基づく連帯におきかえる役割を果たしたのである。ところで、共通の意見が発達しうるためには、前もってつぎのような条件がなければならない。すなわち、第一には、人びとが相互に討論しあう機会をもつことである。つぎには、彼らが自分だけの思想という孤立状態から引きづり出されて、公けの世界に入りこむ必要がある。それというのも、公けの世界においてはじめて個々の意見は他者との討論によって磨かれ、吟味されるからである。コーヒーハウスは、無数の個々の意見からひとつの共通の意見を引き出して結晶化し、それにはっきりとした形を与え、安定したものとするのにあずかって力があった。つまり、新聞がまだ成し遂げていなかったことが、コーヒーハウスによって大規模に行なわれたのである。」ここで「公けの世界」と訳されているのが公共圏である。●21

市民的公共圏の概念は、このような歴史概念であると同時に、他方で、わたしたちの社会を構成する規範的原理でもある。それゆえハバーマスは次のようにいうのである。「今日われわれが『公共性』という名目でいかにも漠然と一括している複合体をそのさまざまな構造において歴史的に理解することができるならば、たんにその概念を社会学的に解明するにとどまらず、われわれ自身の社会をその中心的カテゴリーのひとつから体系的に把握することができると期待してよいであろう」と。●22コミュニケーション合理性は市民的公共圏をモデルにしている規範的理念であり、複雑化した現代社会において変質してしまってはいるが、わたしたちの社会の中心──それがもはや虚点であろうとも──に存在する組織原理なのだ。

もちろんコーヒーハウスのような一八世紀の市民的公共圏がそのまま理想というのではない。何よりそこでは女性が排除されていた。これは致命的な問題である。財産と教養がない者やよそものも事実上排除されている。●23しかし重要なことは、少なくとも万人の参加の「可能性」は保証されていたということだ。というのは「市民的公共圏は、一般公開の原則と生死をともにする。一定の集団をもともと排除した公共圏は、不完全な公共圏であるだけでなく、そもそも公共圏でないのである。」●24じっさいコーヒーハウスにしても一八世紀後半になると常連たちが非公開のクラブをつくるようになりしだいに閉鎖的になっていく。しかし、そのかわりにさまざまなジャーナリズムが公共圏を引き継ぐことになる。●25その意味では理念型的なモデルとして位置づけておくのが適当であろう。

この点についてはチャールズ・ライト・ミルズがおもしろいことをいっている。「われわれはあたかも完全に民主主義的な社会にいるかのごとくに行動し、そうすることによって、その『かのごとく』を転換しようとする。社会を一層民主主義的にしようとするであろう。」●26市民的公共圏とは〈演じられた社会〉である。あたかもそこに民主主義的なコミュニケーションの場があるかのように演じられるのだ。演じられることでそれは現実になり、現実として人びとの行為の条件の一部となる。知識過程論で確認したように、人びとの知識として共有されているフィクション──知識事実としての社会──なしに社会的現実は成立しないのだから。●27

担い手としてのコミュニケーション主体

市民的公共圏の担い手としての人びと、つまりそこでコミュニケーションする人びと──わたしはそれを「コミュニケーション主体」と呼びたい──はいかなる存在だろうか。社会学の伝統的概念を呼び起こせば「公衆」がそれであろう。

ハバーマスが紹介しているミルズの『パワー・エリート』における「公衆」と「大衆」の区別を見てみよう。●28

ミルズは次のように述べているという。「『われわれの用法でいう公衆においては、第一に、多くの人々がさまざまな意見を受けとるだけでなく同時に表明し、第二に公衆のコミュニケーションは、そこで表明されるどの意見に対しても、直接に且つ有効に応答する機会があるように組織されており、第三に、このような討論によって形成された意見は、必要とあらば権威の支配的体系にさからってでも、効果的行動への出口を見つけることができ、そして第四に、権威的制度は公衆に浸透するものではなく、したがって公衆はその活動において多少とも自律的である』。これに反して、意見は『大衆』のコミュニケーション連関にとらわれているかぎり、それだけ公共性を減ずる。『大衆においては、意見を受けとる人々よりも意見を表明する人々の方が遥かに少数である。というのは、公衆の共同体は、マス・メディアから印象を受けとる個々人たちの抽象的集合になるからである。第二に、有力なコミュニケーションは、個々人がそれに直接に、あるいは効果的に応答するのが困難もしくは不可能であるように組織されている。第三に、意見の行動的実現は、このような行動の水路を組織し統制する権威によって統制されている。第四に、大衆は制度からの自律をそなえておらず、むしろ反対に、権威ある制度の代行者がこの大衆に浸透し、討論による意見形成において大衆がもつかも知れぬ自律を減少させる。』」●29「公衆」が「市民的公共圏」に対応するコミュニケーション主体だとすれば、「大衆」は「操作的公共圏」に対応するコミュニケーション主体である。

しかし、わたしはもう少しだけ詳しい人間類型を使う方がいいのではないかと思う。というのは、ミルズの二類型だと、「では、わたしたちは『公衆』と『大衆』のどっちなんだ?」という短絡的な議論になりがちだからだ。そこでわたしは、アルフレッド・シュッツが知識のあり方をめぐって構成した三つの理念型を利用して説明したいと思う。●30

その第一のものは「専門家」(expert)である。専門家のもつ知識は領域が限定されているが、そのかわり、その専門領域においては明晰で一貫している。かれらはその専門領域においてすでに自明と見なされている準拠枠を受け入れている。

第二の類型は「しろうと」(man on the street)である。「市井の人」「日常生活者」「一般大衆」「日常人」とも訳されるが、処方箋的な知識で満足する者という点で、わたしたちがふだん「しろうと」と呼んでいる者のことだ。ミルズのいう「大衆」にほぼ対応すると考えてよい。かれらの知識は基本的に実用本位のものであり、かなり広い範囲に渡ってはいるものの、首尾一貫していない。かれらは実用的目的以外のものごとに対しては感情的に対処し、一連の思い込みや明晰でない見解を構成し、自分の幸福の追求にさしさわりのないかぎり、素朴にそれらに頼っている。

第三に「見識ある市民」(well-informed citizen)。「自省的市民」「博識の市民」「分別のある市民」「有識市民」などとも訳される。「多くの知識(情報)をえることをめざしている市民」●31の省略形である。ミルズのいう「公衆」に対応すると見てかまわないだろう。「見識ある」(well-informed)とは「当人の手許の実用的目的に直接関係がなくても、少なくとも間接的な関心はあるとわかっている分野について、正当な根拠をもつ意見に到達すること」を意味する。●30だから上記の訳語はそれなりに適切なものだが、もっとそっけなく訳すと「事情通の市民」ということになる。それも特定の分野についての事情通ではなく、社会生活のあらゆる領域について事情通であろうとする人たちである。

現代人は、その職業生活や家業において「専門家」であるが、専門以外の領域に関しては「しろうと」である。しかし専門外のことに関してもときには「事情通」「見識ある市民」でもあるはずだ。シュッツのこの概念を借りれば、市民的公共圏の担い手は自己教育的な「見識ある市民」「自省的市民」ということになろう。つまり、わたしたち自身の「見識ある市民」の側面を自覚的に発動させることが市民的公共圏を現実のものにするのだ。

社会学の理念としての市民的公共圏

社会におかれたありとあらゆる営みは必ず何らかのアプリオリな前提から出発しているという定理は社会学にも当てはまる。わたしは社会学の前提となるアプリオリとして市民的公共圏の理念があると考える。「社会学は近代社会の自己意識である」という古典的な命題もこの意味で再解釈──もしくは読み換え──できるのではないか。そして社会学が概して全体主義的な社会から排除されてきたのは、社会学がほとんど暗黙のうちに前提している市民的公共圏の理念の存在によるのではないか。この「社会学と民主主義の歴史的親和性」ともいうべき性格は二〇世紀の社会学の発展のなかでしだいに鮮明になってきたと思う。

わたしには不満でならないのだが、社会学史はとりもなおさず「迫害の歴史」であることを社会学者はもっと強調すべきであろう。そしてそれは一九世紀なかごろに活躍した「社会学」概念の創始者たちにだけいえることではなく、一九世紀から二〇世紀への「世紀の転換期」における社会学の理論上の創始者たちにもいっそういえることである。概念の創始者たちには「社会改良」「社会再組織」の理想と情熱が先行していた。それは国家という公権力の強制力に対して、私人たちの相互作用の集積である市民社会の潜勢力を解放したいとの動機に基づいていた。公権力への対抗という契機が社会学にはあった。理論上の創始者のひとりであるジンメルが「社会学を研究している」という理由によってベルリン大学教授になれなかったのも、かれがユダヤ人であったからばかりでなく「社会学」という概念がそのような志向を体現していたからである。公権力はそれを見逃さなかった。そしてそれは二〇世紀の中期を変貌させたファシズムと社会主義によってだれの目にもはっきり見える現象となって顕在化した。ファシズム期の社会学は事実上「国家学」に吸収され、マンハイムやフランクフルト学派のユダヤ系社会学者は大学を追われた。他方、社会主義圏では、のちに粛正されることになるブハーリンが社会学者だったことも災いして、社会学の研究はしばらく不可能な状態が続いた。社会学が解禁されたのはスターリン批判後の一九六〇年前後である。中国でも革命直後から一九七九年まで社会学は禁止されていた。戦時中の日本においても「国家学」が何よりも大事であって、公権力にとって「社会」──つまり市民社会──の研究は望ましくないと考えられた。国家が天皇を中心とする「聖なる世界」だったのに対して、市民社会は「俗なる世界」にすぎないとの序列主義もあった。

このように民主的でない社会において社会学は抑圧される一方、民主的な社会において社会学は急速に発展する。戦間期から第二次世界大戦後、社会学の中心がヨーロッパからアメリカへシフトするのは偶然ではない。さらに一九六〇年代後半の一連のカウンター・カルチャー運動が、エスタブリッシュ化しつつあった社会学に転回の転機をあたえた。公民権運動・フェミニズム運動・ベトナム戦争反対運動・学園紛争・若者文化・消費者運動・新左翼運動・ヒッピー文化・ロック……。これらの潮流は、それまで順調に発展してきたと信じられていたアメリカ社会のもうひとつの側面を照射するものだった。

このような転回はすぐに社会学理論そのものに反映した。反省社会学はその一例であるが、パーソンズの機能主義的社会学に対する新しいパラダイムとして、ゴッフマンのドラマトゥルギー、エスノメソドロジー、シンボリック相互作用論、批判理論、コンフリクト理論などがあいついで登場し、そのプロセスのなかでミードのコミュニケーション論やシュッツの現象学的社会学がリバイバルする。この転換は「意味学派」とか「解釈的パラダイム」の台頭などと呼ばれたが、総じてコミュニケーション論的転回と括るべきものだった。その意味において一九八一年の『コミュニケーション行為の理論』(邦訳名は『コミュニケイション的行為の理論』)に結晶するハバーマスのコミュニケーション論的転回はその象徴的できごとだったといえる。このコミュニケーション論的転回によって社会学の視界に今日はっきりと見えてきたのが市民的公共圏の理念なのである。

理念をあつかうのは「経験科学」としてふさわしくないという批判は、社会学の内部にも外部にもある。たしかに社会学はユートピアについて夢想する場所ではない。あくまで現実について語る場所である。しかし市民的公共圏の理念を再確認する背景には、理想や価値に対して、それを暗黙の前提として自明化しないとの態度が存在する。それらへの言及を回避することは、結果的にそれらを不問に付しブラックボックス化することになる。むしろそれらをあからさまな公開討議の場にさらすことこそ合理的な科学的態度ではないだろうか。しかもすでに述べてきたように、この理念は、あきらかにわたしたちの社会の基底にあって支えているものであり、また言語を用いる日常のコミュニケーションの実践の内部にすでに宿っているものなのである。